2010年欧州文化首都ドイツのエッセン市は、Historyを大切にする街

ケルンから西へ列車で約1時間。ルール工業地帯の石炭・鉄鋼業の中心地として長く栄えたエッセン市が、産業と文化が融合した美しい居住空間が保たれたまちづくりを進め、「2010年欧州文化首都」にも選定されました。エッセンはどのようにして文化を中心としたまちづくりができたのでしょうか。



街のHistoryを見つめなおそう。

エッセンの街づくりは、街のHistoryを大切にしています。Historyには、街に点在する様々なものを関連付けたり、また、浮かび上がらせる力があります。エッセンでは、工業地帯として長年栄えてきたという街のHistoryを認識することから、その当時のことを表す街中にある建築群にスポットがあたることになりました。

その象徴的存在が、産業遺産として世界遺産に登録されている「ツォルフェライン炭坑産業遺産群」。バウハウス様式で建設された建物群は、あらゆる装飾を取り払った無駄をなくしたデザインの美しさを追求した左右対称・幾何学様式という原則に従っています。現在炭鉱は閉鎖され、炭鉱として機能していた時の歴史の展示やアートギャラリーを兼ね備えた博物館として利用されています。我々が訪れた平日の昼でも多くの家族連れ、夫婦、友達同士等非常に多くの人であふれかえっていました。

1983年に炭鉱が廃坑になった後、炭坑のあるノルトライン・ウエストファーレン州が、これらの建築群を「文化財」として買い取り、保存、改修に努めることによって2001年の世界遺産登録につながりました。これは、街の歴史を大切にして保存すると同時に、そこに「文化」というキーワードを見出したのです。そして、街に散在する工場跡地などをその「文化」というキーワードで結びつけ、ギャラリーや地域の人たちのカルチャースクール等との文化創造施設として再利用していったのです。

有機的なつながりに着目する

街は本来それぞれの単体が有機的なつながりをもつことで形成されてます。街の歴史のシンボル的存在であるツォルフェライン炭坑を中心に、街に散在する工場跡地を「文化」というキーワードのもと、文化創造施設として有機的につながったからこそエッセンの街づくりは成功しているといえます。そこでは、様々な場所で様々なイベントが行われ、「この街に来れば何か新しいものを感じることができかもしれない」という期待感、ワクワク感を常に提供しています。クラッシュ&ビルドではない、その街にある遺されたハード(History)とそれに柔軟に適応するソフトを組みあわせていくのが重要なのです。

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