観光客6倍の”見えない世界遺産”が話題!佐賀県で話題の取組とは?

shutterstock_339926648

2015年7月に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」をご存知ですか。

この遺産は、

「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」は,19世紀後半より20世紀初頭にかけて,幕末から明治期の日本における重工業分野(造船,製鉄・製鋼,石炭産業)の急速な産業化の道程を,時間軸に沿って証言する一連の産業遺産(現役産業施設を含む )により構成されている

出典元: city.saga.lg.jp

遺跡であり、分散して存在していますが、全体として、西洋の科学技術の伝播が、日本の伝統的な文化と融合し、短期間のうちに産業化を成し遂げたことを示す貴重な遺産となっています。

そのうちのひとつ、佐賀県佐賀市にある三重津海軍所跡。

実はこの遺産、見ることができないんです。

かつては日本屈指の海軍力をもつ拠点

三重津海軍所とは、佐賀藩が1858年に設置した海軍技術の教練を行う施設を始まりとします。

1859年には、幕府が長崎に置いていた「長崎海軍伝習所」での海軍伝習を中止したため、幕府から佐賀藩預かりとなった蒸気船「観光丸」等を使い、三重津で伝習を継続するようになったのだといいます。

合わせて、調練場などさまざまな施設が整備されていきました。

また、単なる伝習所としてだけではなく、蒸気艦船の製造も目指し、計画が始動。

1865年には、日本初の本格的な蒸気船「凌風丸」を完成させることになりました。

船の係留や修理、乗組員の訓練などを行う施設が早津江川(はやつえがわ)河川敷に約600メートルにわたって広がっていたとされます。

見えないけれど、そこにある世界遺産

isekiimage by 佐賀市教育委員会 提供

三重津海軍所跡は、世界遺産に登録しようという動きがでるまで、ほとんど発掘調査が行われず、全貌が不明なままでした。

2009年に調査が始まると、大型洋式船を修理するドックの一部が発見され、日本の伝統技術や有明海の干満差をいかして西洋の造船技術を実現させたことを示す貴重な遺構が見つかることになりました。

しかし残念なことに、劣化を防ぐためにすぐ埋め戻されてしまったのです。

そのため、観光客がこの地を訪れたとしても、ただの河川敷が広がる広場となっています。

“見える化”するためにいろんなアイデアを

mietsuimage by saga-city.jp/mietsu

観光資源にもなる世界遺産というブランドを活かさない手はありません。

しかし、生で見ることはできません。

この状況で考えだされたのが、CG(コンピューター・グラフィックス)を利用したアイデアです。

それはゴーグル上の装置(ヴァーチャルスコープ)をつけると、目の前に160年前の三重津海軍所をイメージした映像が広がるというものです。

「見えない世界遺産」として話題になったことも手伝って、このヴァーチャルスコープの貸出を始めた海軍所跡に隣接する佐野常民記念館の来場者数は、4月の3700人程度から、10月には2万3000人以上に増えたのだそう。

プロモーション用のサイトでは、観光プロモーションビデオも公開されており、「みえない世界遺産、みえつ」をキーワードに、その魅力を伝える取組は実施中。

見えないから、見たくなる。

そんなロマンあふれる世界遺産を一度見に行ってみませんか?

参照サイト

みえない世界遺産、みえつ[公式サイト]

関連記事一覧