Next Commons Lab(ネクストコモンズラボ) とは、起業したい若者を『地域おこし協力隊の制度』を活用して、一つの自治体に一気に十数人ずつを送り込むことで全国各地にまちづくりの基地を作っていく仕組みだ。ITエンジニアだった林 篤志さんが2016年に立ち上げ、現在、全国10カ所に展開している。
その林さんの構想に共感した宮崎・新富町の地域商社「こゆ財団」を率いる齋藤 潤一さんが、次のNext Commons Labを作ろうと動き出した。
8月9日、東京・渋谷のHUMANS by Next Commons Labを会場に二人が「地方の未来の予測」をテーマに対談を行った。
自由に生きていくための社会と経済を創成
「ポスト資本主義社会を具現化したい、われわれがもっと自由に生きていける社会や経済の形を作りたい」と、林さんがNext Commons Labの構想を模索し始めたのが2016年。世界の中でも起業率が低い日本で、2年間で全国10カ所にそれぞれ10人の起業家を送り込んだ。
これからの社会の形を創ろうとしたとき、基準になるのは地縁や血縁じゃない。おそらく価値観だったりビジョンだったり、共感のようなもので人がつながっていき、ブロックチェーン(仮想通貨)や独自の経済圏を持ったある種の国家のようなものが生まれていく、そんな未来を予期しています。
林さんの考えに共感した多くの若者が、各地で活躍している。
ゼロベースで社会を創る
林さんは2011年の震災直後、高知県土佐山に移住する。自然があふれる地域の豊かな資源を生かして地方創生に取り組んでみたいと思ったのだという。しかし、2年半の在住で「一つひとつの社会課題をこうすれば解決できるというのが手に取るように分かった一方で、社会はデカすぎる。なかなか変わらない」と感じた。そこで、「社会を変えるのは諦めてゼロベースで社会を創っていこう」と心に決める。
そして生まれたのが、Next Commons Lab構想だ。林さんはいくつかの自治体に呼び掛け、10人の地域おこし協力隊の募集を認めてもらった。
林さんは、その地域の社会課題の解決に役立ち、街を元気にできる“小さな事業”を立ち上げていく意欲的な人を募集することを考えた。地域おこし協力隊の隊員の給与は3年間で300万円。決して多くはない。だが、林さんは、これをベーシックサラリーと考え、新規事業の開発にチャレンジさせてもらえる仕組みととらえている。
10人の起業家が各地に集団移住し、それぞれの夢の実現に向けて動き始めた。もし一人が何かに行き詰まった時は、これまでの人生で様々な経験をしてきた仲間がいて、チームとして助け合う。そしてNext Commons Labは、そうした起業家に加えて「コーディネーター」も各地に2~3人ずつ置いている。コーディネーターは、行政・企業・地域住民との関係を調整し、時にはメンターのような役割を担う人たちだ。
地域が持つ個性に合わせてプロジェクトを企画・推進
実証実験の第一号は、岩手県遠野市。きっと多くの方は、柳田國男の「遠野物語」をイメージするだろう。2018年3月現在で、27000人ほどが住むこの街での募集には、83人が応募。そこから13人の起業家とコーディネーターを選んだ。林さんは、今も遠野に拠点を置いている。
遠野はかつてホップの生産量で日本一だったが、後継者不足が原因で規模は年々減少。ピーク時から4分の1の規模に縮小してしまった。そこで、遠野を「日本一、クラフトビールを楽しめる街にしよう」というミッションを掲げた。
街の中心部に、新しいビールを研究開発するブリュワリーラボを作り、その周辺の空き家には小さなブリュワリーを置く。観光客が街を歩きながらいろんなクラフトビールを飲み、ホップ畑を散策したりすることができるようにしたいと考えている。この『ビールの里プロジェクト』は、キリンビールや農林中央金庫などから2億5000万円の出資も受けた。
他にも、多くのプロジェクトが推進中だ。遠野在住のどぶろくの作り手、佐々木 要太郎さんと一緒にどぶろくを作り欧州に輸出するプロジェクトや、「限界集落の活性化を実現したいが、空き家があっても盆・正月には使っているため物件を貸してもらえない」という声をもとに、総額180万円程の低コストなモバイルハウスに住み地域住民との関係をつくるというプロジェクトも立ち上げた。地元の農産物で加工商品の開発ができる場所づくりも進めている。
意欲が共感を生み、新たな絆を創っていく
選ばれた13人と家族を含めた20人には、遠野と地縁・血縁でつながっている人はほとんどいない。皆が、Next Commons Lab構想に共感して集まってきた人たちだ。
林さんは「新しいところで起業するというのはすごく負荷がかかることなんですが、同じ気持ちで集まってきた人たちが補い合いながら自分たちのやりたいことを形にしていこうとしている。こうしたことが全国各地のNext Commons Labで起きている」と語り、多くの起業家を一つの街に投入することの意義を強調した。
巻き込む力で地方創生
宮崎・新富町の齋藤 潤一氏は、以前開催されたイベントでの登壇者同士として初めて林氏に出会う。そして、すぐにNext Commons Labを新富町で展開しようと決心する。わずかな期間に、議会の承認も取り付けた。
齋藤氏はシリコンバレーで働いていたが、先の東日本大震災を機に「地域づくりをやりたい」と思い、地域の課題をビジネスで解決することをミッションとしたNPO(特定非営利活動法人)を立ち上げ、10年程活動してきたところで、約1年半前に新富町観光協会の発展的解消を通して創設された『地域商社 こゆ財団』の代表に就任した。
『一粒1000円のライチ』を知っているだろうか。新富町の「楊貴妃ライチ」を全国に広める仕掛けは、こゆ財団が担った。様々なメディアで取り上げられた“生ライチ”にほれ込んだのは、銀座の「カフェコムサ」のパティシエだ。クリームチーズをベースにした真っ白なクリームたっぷりのケーキを開発し、ホール1万6000円と一般的なケーキと比べ高値の設定ながら、普段口にする冷凍ライチとはまったく異なるみずみずしい生ライチのおいしさが評判を呼び、人気商品になった。
こゆ財団は、マネタイズはもちろん、持ち前の『巻き込む力』でクラウドファンディングを仕掛け、次々に新しい事業を立ち上げている。このスピード感もNext Commons Labと似ていると言えるだろう。
『スピード』が挑戦を後押しする
知り合ってまだ数カ月の二人だが、互いの目標や使命感には非常に共通点が多い。自治体や企業、そして若者たちを巻き込み「一緒にやりたい」と思わせる力を持っている人だという点でもよく似ている。
経営学でよく使われる「高速PDCA(Plan Do Ceck Action )」。この言葉を聞くとソフトバンクの孫正義社長を思い出すが、齋藤氏のビジネスの基本も同じだ。とにかくスピード感が半端ではない。
この日、こゆ財団の広報担当として来場していた小野 茜氏。彼女の話がそのスピード感をよく表している。
丸ノ内OLを6年ぐらいやっていましたが、このままずっとモチベーションを落とさずに働けるんだろうかと思っていたときに、齋藤氏から声をかけてもらいました。年末のすごく忙しいときに、何度も声をかけていただき、判断を誤ったのかどうかわからないですが(笑)ふっと『行ってもいいかも』と思ったんです。
年明けに「行きます」と返事をしたら、すぐに「いつ?」と聞かれた小野さん。1月に初めて新富町に訪れた後、すぐに家を探し引っ越し。2月にはもう新天地で仕事を始めていた。今は、東京と宮崎を月に2、3回行き来する生活をしている。
小野さんは「今とても楽しいです!」と、弾けんばかりの笑顔をみせた。
わくわくするチャレンジを-宮崎県新富町にて人財募集
「世界一チャレンジしやすい町」を掲げている宮崎Next Commons Labが募集するのは、
- 地域密着型ブリュワリーオーナー
- 自立した人財を育成するプログラミング教育事業者
- 経験者は1000万円〜「稼げる農園」を経営する観光農園を運営する人財
- 世界中のゲストに地域の魅力を発信するインバウンド促進・民泊マネージャー
- 持続可能な地域をつくるブランディングデザイナー
- 人のつながりを生む進化系地域コミュニティカフェオーナー
- 問題解決能力の高い子どもを育む地域教育デザイナー
の7職種。
こゆ財団が持つ実績からすれば、自分たちだけでも人財募集が実現できそうなものだ。なぜ、Next Commons Labの仕組みを取り入れようと思ったのだろうか。齋藤氏は、
林さんと一緒にやりたかった。それに、宮崎とか新富町だけがよくなればいいとは全然思っていない。地域おこし協力隊の制度で日本全部が元気にならなければいけない。Next Commons Labのネットワークっておもしろいし、志のあるひと同士が一緒にやったらもっと日本がよくなるような気がします。
と語る。齋藤氏は、来場者に「僕が責任を全部取るので、どんどんわくわくすることを自由にやってほしいと思っています」と呼び掛けた。
地方創生を担う起業に向け、一歩を踏み出そう
最後に来場者に話を聞いてみた。最前列で話に聞き入っていた医療系企業でマーケティングを担当している男性は「社会人として3年働いて、25歳の3月に移住する」と決めているそうだ。
カンボジアに留学していて現在大学4年生の大宮希実さんは、将来的には故郷の山形県に戻りたいと考えているそうだ。今は様々な業界について勉強して、多くの方に出会いたいと考えているという。あくまでビジネスから社会貢献をしたいという考えを持つ彼女は、Next Commons Labの活動に興味を持っていると語っていた。
水素の素材を手掛ける株式会社アッチェでマーケティングを担う齊藤勇太さんは「今、新潟では水素を農業へ活用するプランが盛り上がっている。水素を使えば農業をオーガニックでクリーンにできる。どこでニーズがあるか、どこで活躍できるかを考えています」と語った。
意欲ある方々が数多く訪れていたイベントで、地方の未来を担う人財が一歩を踏み出した。