チューリッヒ市の河川再生事業「バッハコンセプト」 (4)

「バッハコンセプト」の施工にあたっては非常に綿密な計画のもとに実行されています。第4回目の今回は「バッハコンセプト」の施工プロセスについてお届けします。


「バッハコンセプト」の施工プロセス
河川再生事業の開始にあたり、チューリッヒ市は、暗渠化されていた河川が、かつて、どのような地域の、どのような流路を流れていたのか、また、暗渠化される以前の流路に再生させることが可能であるか否かを調査した。事業開始から約20年が経ち、現在では、暗渠化された河川も含め、市域を流れるすべての河川について、その流路や河川断面、平均水量、最大流水量、周辺地形、周辺植生等、その構成要素をデータベース化している。
現在、「バッハコンセプト」は、一般的に、次のようなプロセスを経て実施されている。
A.事業主体
チューリッヒ市の建設部や清掃課など、様々な部署に所属するスタッフがチームを編成しており、生態学や地質学、景観工学の専門家を交えた議論を踏まえ、事業実施対象の河川に関する事前調査と評価を行い、事業実施の可否判断の後に、仕様を設計し、工法を選択するというプロセスを採っている。
なお、事業実施の決定と、それに伴う設計と工法の選択にあたっては、事業開始当初は手探りの状態であったため、何度も会議を重ねたが、現在では市当局が構築したデータベースが活用されていることもあり、年5回の開発局会議で事業実施の決定が行われている。チーム自体の年間運営予算は、約150万スイスフラン≒約1.23億円(2010年6月現在)である。
B.設計思想・施工・管理等
a.水・水害対策
河川の開放にあたり、最も留意すべきは、洪水・浸水等の水害防止対策である。日本の河川と違い、チューリッヒ付近の河川の平均水位は、河川断面の95%までを占めているため、常にオーバーフローの危険性にさらされている。特に、春から夏にかけては、大雨やアルプスの雪解け水による洪水対策が求められる。このため、施工にあたっては、汚水用の下水本管について、断面積に余裕のあるものを採用し、開放された河川の流水量が一定量を超えた場合には、汚水用の下水本管に水が流れ込むように設計されている。

近年の河川開放事例。暗渠化され道路となっていた部分を開放。流路部分を窪地にし、雨天時の貯水池機能を確保。
※チューリッヒ市提供資料より転載
また、近年の施工例をみると、新興住宅地内で開放された河川において、流路を住宅団地の中央に通し、流路付近の一帯を窪地とすることにより、集中豪雨時における一時的な貯水池機能を持たせることとし、下流域での急激な増水を防止することの出来るような事例も存在する。
なお、10年確率の増水に対応すべく、洪水時に、雨水を直接リマト川に放流出来るように設計されている事例もある。
b.工法等

急傾斜地の施工例。砂防構造、階段状の流路を整備。
※チューリッヒ市提供資料より転載
施工にあたり、河床基盤には粘土層をコンクリート層の基部の上に造成し、水流の地下浸透を防いでいる。さらに、粘土層の上には砂礫を敷くこととし、多様な自然植生・水生動物の生育環境の形成を図っている。急傾斜地には、上流部からの流木や大型の石、砂礫が下流に流出するのを防止するため、砂防工事の施工や大型の沈砂枡を複数設置するとともに、流出口には異物止め用に直径15cm程度の金柵を等間隔に設置している。また、段差や杭打ちを設けるなどの水制を併せて整備している。緩傾斜地には、水流の両岸に砂地を整備し、「近自然的に」植栽や砂礫を配置しているほか、石積みの水制の設置や木杭を打ちこむことにより、水流による河岸の浸食を防いでいる。
c.管理

施工完了後は、週に2回程度の定期的な巡回・目視点検を行い、必要に応じて、メンテナンス(水制の再築、流木の撤去、沈砂枡の浚渫、ゴミの清掃、虫害除去等)を実施している。
d.施工費用

施工費用の目安は、1mあたり約2,500スイスフラン、日本円で約32万円程度である。延長2km程度の河川開放工事を施工するには、約4億円程度が必要となる。
e.施工にかかる事業費の財源

河川開放工事の施工の様子
※チューリッヒ市提供資料より転載
スイスでは、1991年に制定された「水環境の保全に関する法律」に基づき、雨水は原則として、河川に直接放流できないことと定められている。これは、土地所有者の責任において、雨水の地下浸透を促進しなければならないことを意味する。ただし、大規模な建築物が存在する土地などでは、年間降水量が、地下への浸透量を超える場合もあることが想定されるため、チューリッヒ市は、そうした土地の所有者に対して「排水税」を課税している。税率の目安は、1,000㎡の屋根を有する建物であれば、年間約800スイスフラン程度である。チューリッヒ市の「排水税」による税収は、日本円にして年間約8億円にのぼる。これが、「バッハコンセプト」の財源となる。
f.住民への説明・合意形成

工事施工後は、定期的なメンテナンスが実施される。
※チューリッヒ市提供資料より転載
チューリッヒ市では、「バッハコンセプト」の啓蒙活動として、市民向けの説明会や、モデル展示会を定期的に実施している。また、実際に事業の実施が決定した地域については、施工に先立ち、市民向けに、郵送物や新聞で周知を実施するほか、チューリッヒ市が費用負担を行った上で、事業計画や工法、設計等に関する事前審査を実施して、住民を対象に、事業を実施することで生まれるメリットとデメリットの説明を行う。
なお、チューリッヒ市域は12の地区で構成されているが、たとえ事業実施地域外の住民であっても、事前審査に参加し、意見を自由に述べることが出来る。最終的な事業実施の決定は、市議会の議決によって行われる。その後、州政府によって、合法性のチェックが実施される。ただし、議会の議決後であっても、事業の実施に反対であったり、不満を持っている市民や環境団体等には、訴訟権の行使が認められている。

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