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チューリッヒ市の河川再生事業「バッハコンセプト」 (5)

チューリッヒ市の河川再生事業「バッハコンセプト」 (5)

    CATEGORY: AREA:地域活性化の海外事例

連載第5回目は、「バッハコンセプト」の施工実例として、ホルダー川での河川再生事業の視察についてご紹介します。



「バッハコンセプト」の施工実例~開発地における河川再生
A.視察地の概要~ホルダー川の再生事例
ホルダー川は、チューリッヒ工科大学ヘンガーベルク地区キャンパス付近を水源とし、チューリッヒ・アフォルターン地区を経由して、最終的にはシャツェン川に流れ込む、流域面積2㎢の小規模河川である。流域の76%を、森林・農地が占めており、2006年から、河川開放事業が実施されている。平均流量は毎秒10~20l、30年確率での最大流量は2.3㎥/s、100年確率では3.5㎥/s、300年確率では5㎥/sである。なお、シャツェン川は、チューリッヒ国際空港付近を経て、グラット川へ流れ込み、最終的にはライン川へ注ぐ。
今回の視察は、下図に示した7か所のポイントについて実施した。

<視察ポイント>
①チューリッヒ工科大学ヘンガーベルク地区キャンパス(ホルダー川水源地)
②森林内の流路のメンテナンス
③流木止めの施工
④沈砂枡の施工
⑤取水工の施工
⑥ゼーンテンハウス通りにおける河川の開放
⑦ルーゲヒェーン団地内の再生河川
視察に当たっては、現地への移動アクセス上、①→⑥→⑦→⑤→④→③の順に視察を行ったが、本稿ではホルダー川の流路に沿って、上流から下流、①から⑦の数字順に、施工例を見ていきたい。
※なお、6月中旬、ヨーロッパ中部は大雨に見舞われたこともあり、視察ポイント②の、森林内の流路については、流木等が蓄積し、流路が荒れている状態であったため、安全面に配慮して視察を行うことができなかった。
B.ホルダー川の河川開放施工事例の視察
a.視察ポイント① チューリッヒ工科大学ヘンガーベルクキャンパス(ホルダー川水源)

視察地① チューリッヒ工科大学ヘンガーベルクキャンパス
※筆者撮影
ホルダー川の源流部は、チューリッヒ工科大学ヘンガーベルクキャンパスに隣接する丘陵地の一帯にある。1964年から約10年をかけて、チューリッヒ市北西部のヘンガーベルク地域の丘陵地を開発して、このキャンパスが整備された。
広大な丘陵地が開発され、近代的なキャンパスが整備される一方で、キャンパス内はアスファルトやカラーブロック、石等の素材による舗装が実施されたため、付近一帯の雨水涵養率が著しく低下することは確実であった。このため、キャンパスの造成にあたっては、1968年、4,300㎥の容積を有する貯水槽がキャンパスの地下に2つ整備され、降雨時のキャンパスからの排水量を一定に保つための措置が取られている。
キャンパスからの排水は、この2つの貯水槽を経由して、ホルダー川へと行われる。排水路は、キャンパスに隣接する森林域内の流路と、キャンパスの北側に開発された集合団地付近の流路の、2か所に分流されている。
b.視察ポイント② 森林内の流路のメンテナンス 

視察地② 上流に設けられた石組水制。細かな流木も見える。
※筆者撮影
年に1度、6月に、森林内の流路において、流木・倒木の除却作業を実施している。また、夏期に嵐が襲来した際にも、流木や倒木の除却作業が実施される。森林内の流路では、流木や倒木の流出を防止するための固定具を、必要に応じて設置しているが、このメンテナンスの実施に併せ、摩耗したり老朽化して不具合を生じている固定具について、交換が行われる。
c.視察ポイント③ 流木止めの施工

視察地③ 流木回収装置。約1.5m間隔で鉄製の列柱を配置。
※筆者撮影
ホルダー川の流路が、丘陵地の森林から、開発団地区域へと移行する付近に、2006年、下流部の河川開放工事の施工に先立ち、流木を回収するための装置と、アクセス道路の整備が実施された。
流木回収装置は、高さ1m程の鉄柱を、約1.2m間隔で20本程度並べた形状をしており、約200㎥の流木を回収出来る設計である。左図20の中央右寄りには、上流から流れてきたと思われる、不法投棄された木製ベンチが見える。
 
d.視察ポイント④ 沈砂枡の施工

視察地④上流部での沈砂枡の施工例。容積約60㎥。
金属製の柵により、流木やゴミの流入を抑制。
※筆者撮影
cで述べた流木止めの施工個所から約200m下流に、沈砂枡が設けられている。流木・異物等が下流へと流出するのを防ぐための鉄柵も設けられている。
ホルダー川は、視察地⑤から、ゼーンテンハウス通りの開放部まで、暗渠が維持されているため、暗渠内への土砂流入を未然に防止し、水路の断面を広げ、水流の速度を緩和させるべく、この沈砂枡が設置されている。この沈砂枡は、河川開放事業の実施以前に整備されたものであるが、河川開放工事の施工後、ホルダー川の維持管理を行うにあたり、重要な役割を果たしている。洪水発生時の作業基盤の増加や下流への通水量の改善が、その効果として挙げられる。
図21に見られるように、今回の視察時には、沈砂量が、沈砂枡の容積の半分程度を占める状態であった。開放された河川については、4-B-cでも述べたとおり、週に2度、チューリッヒ市当局者による巡視点検が実施されており、必要だと認められた場合に、浚渫等のメンテナンスが実施されている。
e、視察ポイント⑤ 取水工の施工
                          

視察地⑤での取水工の施工例。容積約52㎥。この先、下水本管とは別に、ホルダー川の流路本体は約200mの暗渠を通る。
※筆者撮影
d.に述べた沈砂枡の施工個所から約100m下流に、取水工が設けられている。この取水工は、2006年に整備された。この取水工から先、視察地⑥までの間、ホルダー川の流路本体はかつての合流式の下水管路に引き続き接続され、暗渠化されたままの状態である。これは、この付近が住宅団地として開発されていること、幹線道路が整備されていることなどから、計画の段階で河川開放対象から外されたことによる。この取水口の整備にあたっては、災害発生時、ホルダー川の1日あたりの平均流水量の半分に当たる26㎥の土砂が堆積することを想定し、その2倍の容積が確保されている。

視察地⑤の先、暗渠化部分。正面クリーム色の建物右が取水工。流路はこの道路下にある。 ※panoramioより引用
ホルダー川は比較的洪水の多い河川であり、大雨の際には取水工を溢れてオーバーフローすることがあることから、付近の建造物には、オーバーフロー時の対策として、コンクリート製の低い壁を道路沿いに巡らせてあるものも多い。このため、チューリッヒ市は、この取水口から100m下流のゼーンテンハウス交差点下に地下通路を整備するにあたり、ホルダー川で洪水が発生した際には、この地下空間に水が流れ込むように設計を実施し、臨時的な貯水機能を持たせるなど、さまざまな洪水対策を講じている。
f.ゼーンテンハウス交差点付近(eの取水工から100m下流)

ゼーンテンハウス交差点手前のレストラン。ホルダー川のオーバーフローに備え、右下に見えるコンクリート製の低い壁を巡らせてある。
※panoramioより引用

ゼーンテンハウス交差点の地下通路。地下は直径15m、高さ3mほどの円柱状の空間である。ホルダー川の氾濫時には、この地下空間に水が流れ込むように設計されている。
※panoramioより引用
g.視察ポイント⑥ ゼーンテンハウス通りにおける河川の開放

ゼーンテンハウス通り沿いの開放された流路。施工後間もないため、植生はまだ育っていない。
※筆者撮影
bからfで見たように、チューリッヒ市は、ホルダー川の上流部に水制や流木止め、沈砂枡、流水工、ゼーンテンハウス交差点地下の貯水機能など、洪水対策を実施した上で、2009年、ゼーンテンハウス交差点の北側、スイス国鉄の線路までの総延長約120mにわたりホルダー川の開放工事を施工した。
河床基盤には粘土層を造成して水流の地下浸透を防ぎ、河岸には粘土層の上に砂礫を敷き、柳などの草木などを植えるなど、多様な自然植生・水生動物の生育環境の形成を図るため、近自然工法による流路形成が実施されている。
開放部の最大流量は毎秒800lであり、30年確率を満たしていないが、放流管路を並行して追加整備し、洪水対策としている。なお、図に見える歩道沿いのコンクリート壁は、チューリッヒ州の安全基準を満たしていない。チューリッヒ市はこれを承知の上で、美観形成の面から、あえて低く構
築したという。そして、州政府からの指導を受けるまでは、このまま維持していく、とのことであった。
また、ホルダー川はスイス国鉄線路の手前で再度暗渠となる。開放部の終結部は50cm四方ほどの大きさであり、鉄格子が嵌められているが、ここにビニールが引っかかって流路が詰まり、水流が滞留してオーバーフローを起こしかけたこともあるという。こうしたリスクに対応するため、河川再生事業には、定期点検やメンテナンスが不可欠となる。
h.視察ポイント⑦ ルーガヒェーン団地内の再生河川

ルーガヒェーン団地内へ分流された流路。施工から3年を経て河岸に植生の発達が見られる。
※筆者撮影
ゼーンテンハウス通り沿いに開放されたホルダー川は、スイス国鉄線路の手前で再度暗渠となる。そして、線路を越えた地点で、ホルダー川は分流される。
本流部分は暗渠のまま、ゼーンテンハウス通りを流れる。分流された部分は、ルーガヒェーン団地へと直角に左折し、再び開放河川となる。分流部分の開放工事は、ゼーンテンハウス通りに先立ち、2007年に実施された。総延長は400mあり、河川断面は、ゼーンテンハウス通りにおける施工よりも大きい。
また、視覚的に、流水量の増加をはっきりと認識できる。施工から3年を経ているため、河岸には多様な草花の植生が出来つつある。しかし、水生動物種については、目視では生息が確認出来なかった。
団地を奥に進むと、河岸が階段状に整備された親水空間が広がっている。この分流は、ルーガヒェーン団地内を流れた後、団地の北西角、旧ミュールラッカー通りで、本流の暗渠へと合流する。
現在のホルダー川は、最終的にシャツェン川に注ぐまでの450mの区間について、未だ暗渠のままであるが、今後、開放河川とすることが、計画されているとのことである。