日本赤十字社の前身「博愛社」を影から支えた “最後の藩主”たち

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1877年に設立された「博愛社」は日本赤十字社の前身であり、佐野常民と大給恒によって設立されました。博愛社と、博愛社設立に協力した “最後の藩主”たちについてまとめてみました。

西南戦争をきっかけに設立された救護団体

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1877年、フランスのニュース紙「Le Monde illustré」より、西郷隆盛とその幹部たち

博愛社の始まりは、1877年に起きた西南戦争。多数の傷病兵を出したこの戦争をきっかけに、ヨーロッパにある赤十字と同様の救護団体をつくろうと、佐野常民と大給恒が発起人となり設立されました。

博愛社は日本政府のジュネーブ条約加入に伴い「日本赤十字社」と名称を改め現在へと続いています。

皇室の後押しで設立叶った「博愛社」

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ヨーロッパの赤十字の活動を事前に視察していた佐野常民により起案された設立と活動内容は、当時の不安定な戦況も相まって一度は明治政府より却下されてしまいます。

これを受け、佐野は直接征討総監督であった有栖川宮熾仁親王の元へ赴き、趣意書を直接提出。博愛社の活動は直々に許可され、救護活動が直ちに開始されました。
参照元:日本赤十字社 赤十字社の設立

設立に貢献 影の協力者 “最後の藩主” たち

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設立の背景には佐野とともに設立者となった元老院議官・大給恒を始め様々な人々の協力がありました。

江戸300藩の最後の藩主であり、博愛社の設立に尽力したのは丹波亀山藩 (現在の京都府亀岡市)第8代藩主・松平信正、美濃岩村藩 (現在の岐阜県)第7代藩主、そして摂津尼崎藩 (現在の兵庫県尼崎市)第7代藩主・松平 (櫻井) 忠興。
参照元:日本赤十字社 熊本支部

そのうち松平忠興は、当時その職にあった大宮司の職を辞して上京し、博愛社の事務所として東京にある屋敷を提供、資金1,000円を寄付し自身も九州へ趣いて、救護状況を視察したとされています。
参照元:レファレンス協同データベース 尼崎市立地域研究史料館

歴代の櫻井松平家藩主を祀った兵庫県尼崎市にある櫻井神社には、記念碑が建てられています。

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