好評連載のチューリッヒ市の河川再生事業「バッハコンセプト」。最終回の今回は、この河川再生事業の住民の反応から、今後の河川再生事業の展望について考えてみたいと思います。
「バッハコンセプト」に対する住民の反応
こうした「バッハコンセプト」に対する住民からの反応は、概ね好意的なものが多いとのことである。その理由には、チューリッヒ市における行政・市民双方の、水に対する意識が高いことが挙げられる。実際に、親水空間に隣接している宅地の評価は高く、不動産価値においても上昇傾向が見られるという。
チューリッヒ市は、上水道の水源を、地下水、湧水、チューリッヒ湖の湖水に求めている。また、塩素処理ではなく、バクテリアによる有機物の分解作用を利用した独自の浄水処理方法を採用し、ヨーロッパでは珍しい、安心して「生水」を飲める環境を整備している。また、下水処理においても、「クリーンウォータープロジェクト」により、世界有数の汚濁処理が実施されている。
また、チューリッヒ湖は、市民にとって最大の親水空間として親しまれている。実際に、多くの市民が朝早い時間から湖畔で読書をしたり、カヌーをこぐ姿が見られる。夏には舟遊び等に加えて、オフィスワーカーが昼休みに水浴する姿も多く見られるという。
こうした背景もあり、「バッハコンセプト」による親水空間の創出は、生活空間の質を高め、地域の価値を向上させるものとして、チューリッヒ市民に歓迎されている。
無論、視察実例に見られるように、河川の開放にあたり、洪水に対する対策が十分に行われ、地域の安全性が担保されていることも、住民理解の促進の一助となっている。
「バッハコンセプト」は、チューリッヒが産出した大変有望な「輸出品」であるという。現在ではスイス国内のみならず、イタリアやスペイン等の地方自治体に招かれ、「バッハコンセプト」に関する講演活動が盛んに行われているとのことであった。
チューリッヒ市の「近自然工法」、「バッハコンセプト」は、その理念と施工、活用の実態から判断するに、親水空間の創出による高質な居住空間の形成の取組みにおける成功例であることから、日本においても、環境親和型のまちづくりのための有効な選択肢の一つとして、参考としつつ、導入の検討を行うに値する事業であると思われる。特に、全国各地のニュータウン地域における下水管路の更新時等に、その応用の可能性がある。
ただし、その検討にあたっては、防災上の万全な措置と安全性の担保に対する検討もさることながら、チューリッヒ市のまちづくりに見られるような、市民に向けた情報の開示と、市民の参画機会の創出の徹底に、一層留意すべきであろう。
スイスの歴史は、市民による自治権の獲得の歴史である。まちづくりに対する住民意識の高さは、こうした歴史に裏打ちされたものでもある。それは、決して一朝一夕に醸成されるような文化ではない。他地域での成功事例を、「先行事例」として安易に導入することを避け、常に地域のアイデンティティや歴史、ヒト、資源を重視し、外部の視点を積極的に受け入れつつ、まちを絶えず「開かれたもの」にしようとするチューリッヒ市の姿勢に、日本の自治体が学ぶべきものは多いのではないだろうか。