連載第3回目の今回は、「バッハコンセプト」が開始された経緯についてお届けします。
河川開放事業「バッハコンセプト」の開始
「バッハコンセプト」とは、チューリッヒ市域内において、暗渠化(河川や水路を地下に埋設すること)されていた小規模河川を再び地上に開放し、元の流路へと再生させようとする事業である。
チューリッヒ市の市街地には、19世紀半ばまで、延長100kmにも及ぶ数多くの小河川が、市街地を取り巻く丘陵地帯から、中心部を流れるリマト川へと流入していた。しかし、チューリッヒ市が下水道網の整備を実施するにあたり、当初、その排除方式として、汚水と非汚濁水(湧水、雨水、川の水)を混合して処理を行う「合流式」を採用したことから、市域内の小規模河川の多くが暗渠化され、下水本管に接続されることとなった。これは、小規模河川の水流が、管路内の流水機能を果たすことを期待されたためである。暗渠化された小規模河川の延長は、50kmにも上る。
しかし、1970年代に、汚水と非汚濁水を混合して汚水の浄化処理を行うのは、非効率的で、高コストなのではないか、という議論が起こった。このため、チューリッヒ市は、「合流式」の排除方式を維持し、老朽化した管路を更新しつつ浄化処理を行う場合の費用と、新たに「分流式」の下水道網を整備して汚水のみの浄化処理を行い、非汚濁水は河川に放流する場合の費用をそれぞれ試算し、比較検討を行った。
その結果、「分流式」による下水道網の整備が、費用面から見て、より効率的に下水処理を実施できるという評価が下されたため、チューリッヒ市は、市域の下水道網を「分流式」に再整備することとした。その際、暗渠化されていた小規模河川を、下水管路から分離し、元の流路に再生させ、付近の居住空間の高質化を図る計画が持ちあがった。これが、「バッハコンセプト」として知られる、チューリッヒの河川開放事業である。
河川開放事業は、1985年より着手され、1988年に議会の承認を得て、現在も継続的に実施されている。なお、「分流式」の下水道網の整備により、下水処理費用は、「合流式」の時代に比べて、約75%も減少した。また、2010年現在、「バッハコンセプト」によって開放され、再生された河川の総延長は、約20kmに達している。
なお、注目すべきは、「バッハコンセプト」によって開放された河川は、一般的な河川関連法令に基づいて管理されているのではなく、下水道として扱われ、下水道関連の法的規制を受けていることである。つまり、開放された河川は、一見したところ、河川以外の何物でもないにもかかわらず、法的には河川ではなく、下水道なのである(正確には、下水道網の一部を構成する開放水流である)。チューリッヒ市において、開放された河川に対して、雨水の直接放流が認められているのは、これを理由とする。