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グリーンツーリズムで挑む地域再生 豊かな里山を活かした魅力あるまちづくりを-三重県いなべ市

グリーンツーリズムで挑む地域再生 豊かな里山を活かした魅力あるまちづくりを-三重県いなべ市

    CATEGORY: AREA:三重県

三重県の最北部に位置し、岐阜県、滋賀県に隣接するまち・いなべ市。2003年に員弁(いなべ)郡の4町(北勢町、員弁町、大安町、藤原町)が合併して誕生した。一風変わった市名は、その昔、この地を治めていた物部氏系の豪族である猪名部氏に由来する。猪名部氏は優れた木工技術者集団であり、東大寺建立にもおおいに貢献したとされる。

現在、いなべ市では「グリーンクリエイティブいなべ」というプロジェクトが進行中である。2019年の新市庁舎完成に伴い、「にぎわいの森」と呼ばれる商業施設を同敷地内に創出。市の玄関口として、いなべ市を訪れる都会の人々をキャッチすることができるように、地域資源にさらなる磨きをかけようというものだ。

この取り組みを担っているのが同市の企画部政策課であり、キーマンの一人に桒嶋幹人(くわしま みきと)さんがいる。桒嶋さんは滋賀県出身。現在は岐阜県大垣市に移住し、いなべ市まで1時間ほどかけて通勤している。桒嶋さんに移住の経緯とご自身のいなべ市における役割について話を伺った。

転居しながらステップアップ

1975年、桒嶋さんは滋賀県愛知郡愛荘町に生まれた。横浜国立大学への進学と同時に神奈川県横浜市へ移り、卒業後はUターンして滋賀県で就職。

中学時代から将来はマスコミ業界で仕事がしたいと思い続けてきました。大学卒業後は滋賀に戻って「びわ湖放送株式会社」に入社。大津市で暮らし、2年間制作部に在籍した後、報道部に移籍。3年間勤務した後、退社しました。

その後、桒嶋さんは人生の新たな一歩を踏み出すために福井県福井市へ。念願のマスコミ業界に就職できたのに、なぜ桒嶋さんは退社したのだろうか。

当時のぼくは若くて血気盛んでしたので(笑)。会社の看板を背負うことなく、自分の実力で勝負したかったのです。退職後、福井放送と岐阜放送にアプローチしたところ、福井放送の制作部長から返事が来て面接となりました。その後「人手不足だけど、うちへ来るか?」と先方から打診があり、福井市内の制作会社に入社。福井に転居して、主に福井放送のテレビとラジオのディレクターをやっていました。

でも、1年後には退社してフリーとなり、番組制作ディレクター、ライターとして8年ほど仕事をした後、FMひこねの開局を機に滋賀県彦根市へ。さらに東近江市に転居して、彦根を起点に福井と岐阜でもラジオの仕事をするようになったのです。

再び滋賀県に戻った桒嶋さんは、彦根市から東近江市への転居を経て、そして現在自宅のある岐阜県大垣市に移住。数回にわたる転居は、桒嶋さんの人生に対する前向きな姿勢とステップアップを物語る。

ちなみに、青年時代から文章を書くことが好きだったという桒嶋さん。仕事のかたわら小説やエッセイなどを執筆し、2002年にフーコーの短編小説コンクールで佳作に選出。翌年には「イシの叫び」を出版し、岐阜県恵那市が先人顕彰事業として開催している下田歌子賞では随筆部門で最優秀賞に輝くなど、多数の受賞歴を持つ。在籍したFM局ではラジオドラマの脚本なども執筆しながら研さんに励んでいた。

移住・結婚・そして公務員への転身

2010年にはFMひこね時代からお付き合いのあった奥様と結婚。「株式会社エフエム岐阜」に入社し、岐阜県大垣市に移住した。

長くラジオ業界で仕事をしてきましたが、先が見えないことがとても不安でした。それに結婚したことで社会的な責任を感じるようになり、生活基盤をしっかり整えなければと思い、社員になりました。それに大垣はふるさとの滋賀にも近く、フリーの時代から仕事でも関わりがあったので……

大垣市に腰を据えたかに見えた桒嶋さんだが、それは新たな人生の扉を踏み出すための序章であった。その時の気持ちを彼はこう語る。

長くメディアの世界で働いてきましたが、市民の方と直接触れ合う機会は意外にも少なくて、住んでいる地域の実態を自分がほとんど知らない事に気づいたのです。獣害のこととか、農家の方の思いとか、地域の皆さんが何を考え、どんなことを望んでいるのかを知らなければと思いました。

どうせなら、とことんやるのがぼくの主義。行政のプロになって、地域の皆さんの声が聴きたい、行政に反映させたいと強く思うようになり、FMの仕事を続けながら「東海大志塾」という政治塾に1年間通いました。

しかし、公務員の中途採用を行っている自治体は全国的に見ても少ない。リサーチした結果、近隣で三重県いなべ市・岐阜県関市と可児市の3市を見つけて受験。いなべ市と関市に合格した桒嶋さんは、いなべ市を選んだ。

実家にも近くて親しみがあり、大垣からも通勤できるいなべ市に行こうと思いました。残念ながら採用時は家を購入したばかりだったので、いなべ市に移住できないのが心苦しいですが。今住んでいる場所は、市の西部にある十六町という所で垂井町に隣接しています。

少し郊外に車を走らせれば豊かな自然が残り、必要なものは近場ですぐに手に入るという利便性に心引かれました。エフエム岐阜にいたころは仕事がとても忙しくて、気持ちをリセットするには静かな環境が必要でした。

こうして2015年、桒嶋さんは40歳を目前にラジオ業界から公務員に転身。いなべ市役所に入庁した。

交流人口と関係人口を増やし、移住へのマインドシフトをねらう

桒嶋さんは公務員になって3年が過ぎた。企画部広報秘書課、農林商工部商工観光課を経て、現在は企画部政策課に在籍。いなべ市職員としての業務は多忙を極めている。

新卒ではなく、中途採用者に求められるものは実践にすぐに役立つ即戦力であり、いろいろな世界を経験あるいは見聞してきた広い視野と人的ネットワークだろう。

これまで経験したことのない世界ではありますが、今までの仕事を生かせるところが多々あって、とてもやりがいを感じています。

伊勢志摩をはじめとして海あり、山ありで観光資源の豊富な三重県だが、その中にあっていなべ市はこれといって大きな観光の目玉があるわけではない。しかし、地域おこし協力隊も含め、彫刻家のはしもとみおさんなど全国的にも著名なアーティストや、有機野菜の農園を営む寺園風さん、上木食堂店主の松本耕太さんなどすばらしいノウハウを持った若者たちが、近年いなべ市に数多く移住してきている。それはいなべ市の取り組みがまちづくりに大きく貢献しているように感じる。

いなべ市では近年過疎化の進む立田(古田・篠立地区)・川原・鼎地区をグリーン・ツーリズム事業の対象地域に指定。郷土料理を一緒につくったり、ものづくり体験を通して都市部の人々との交流を促進し、交流人口や関係人口の増加を目指すことで、将来的な移住へのマインドシフトをねらっている。

ぼくのいなべ市職員としての業務は大きく分けて三つあります。一つは大垣市に隣接する立田地区(古田・篠立地区)でグリーン・ツーリズム事業を地域の方々と一緒に実施すること。二つ目は「グリーンクリエイティブいなべ」事業の推進。そして、2019年5月に阿下喜にオープンする「にぎわいの森」をPRし、都会の人々にいなべ市の魅力を広く知ってもらうということです。

桒嶋さんが担当している立田地区はホタルの里としても知られ、夏になると近隣から多くの人々がホタルを鑑賞しにやってくる。桒嶋さんはグリーン・ツーリズムの企画をするとともに、告知のためのチラシや冊子を作成。昨年度制作したポスターは、日本観光ポスターコンクールで最終選考に残った。

いなべ市は京都産業大学と地域活性化のための包括協定を結んでおり、立田地区における学生の受け入れも桒嶋さんの仕事だ。

SDGsの精神で、いなべ市の魅力をPR

2019年の新市庁舎誕生とともに、同敷地内にできる「にぎわいの森」は、今後いなべ市のランドマークとなる。5店舗の出店業者はすでに決まっており、いずれも名古屋市や大阪市などで店を構えるフレンチやスイーツなどの名店だ。市庁舎を訪れる人々はもちろん、東海環状自動車道を通っていなべ市を訪れる人々をしっかりとキャッチすることで、まちの活性化をめざす。

地元ではなく、どうしてよその店を…という批判もあります。でも、これらのお店で地元の食材を使ってもらえば農家さんの収入アップや雇用の創出にもつながります。「グリーンクリエイティブいなべ」の「グリーン」とは、豊かな里山の自然や農産物、加工品などいなべ市特有の地域資源。これらをブラッシュアップすることで、都会の人々を魅了するものを生みだそうというのがコンセプトです。外の人とコラボすることでいなべ市の魅力がより引き立つことを、住民の皆さんにご理解頂けるよう努力していきたいと思います。

「にぎわいの森」を紹介するために、桒嶋さんは絵本動画を制作。いなべ総合学園の高校生や小学生たちがナレーションを担当し、絵本の絵は市内在住のアーティスト・アトリエhitotemaの秋保久美子さんが描いた。話すのが苦手で自分の気持ちをうまく人に伝えることのできない女の子がキツネに誘われて森に入り、動物たちと仲良しになる。きっかけは女の子のすばらしい歌だった。やがてその歌は動物たちだけでなく、多くの人々を魅了し、森は人や動物で賑わうようになるというストーリーだ。

2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(エスディージーズ)の精神にのっとって、だれが見てもわかりやすく、楽しい気持ちになってもらえるような作品を目指しました。今、いなべ市で起こっている新しい風を感じてもらえるように…そして、いなかだけど、ちょっとオシャレなまちだと思ってもらえたら…楽しくて暮らしやすい場所には人が自然と集まって来ます。いなべ市がそんなまちになるよう努力してきたいです。

自分が何者か、何をなすことができるのか。長年、その答えを見出そうとしてきたかに見える桒嶋さん。大垣市に移住しいなべ市に軸足を置くことで、ようやくそれをつかもうとしているかに見えた。

■「にぎわいの森」動画
https://m.youtube.com/watch?v=rSScwjMJmtM