北海道移住:新規就農の課題とリアル、小規模酪農への挑戦

オホーツク海に面し、冬には流氷が訪れ観光客で賑わう網走市。2018年5月30日現在の人口は3万6473人、オホーツク北網地方における拠点都市だ。今回訪れたのは、網走の海沿いから少し内陸側にある「呼人地区」。

人もまばらなこの地区で、柿野千晶さんは家族とともに牛をペットとして飼養している。

酪農大国と呼ばれるこの北海道では、牛は経済動物として酪農家の生活を支えている。しかし、彼女は多くの酪農家とはあえて違う道を選び、生活の糧としてだけではなく、家族として牛を迎え入れている。

北海道へ移住して直面した酪農の課題

愛知県出身の柿野さんが呼人に移住したのは2009年のこと。2007年に栃木県で酪農を営んでいたが、牛を放牧できない飼養スタイルに限界を感じ、夫と子ども、そして牛2頭を連れて北海道へやってきた。ところがここで、柿野さんは思わぬ壁にあたってしまう。

北海道の酪農は、深刻な後継者不足が続いている。畑作を含めた農業全体を合わせても新規就農者数は減少しており、2007年は年間298人だったのに対し、2016年は100人以上少ない181人となっている。そのうち、酪農家になったのはわずか30人だ。

投資できない人は就農できない?

北海道は、新規参入者がどれだけ事業に投資したのかを調査データで発表している。酪農では、就農した30人のうち17人が5,000万円以上の投資を行なっているというのだ。これには、酪農家1軒あたりの規模が拡大し続けているという背景がある。

農林水産省の調べによると、2008年における北海道で乳用牛の飼養頭数は1戸あたり平均約60頭だった。その後平均頭数は右肩上がりに増えていき、2017年には約73頭となっている。増頭の傾向は今後も続いていくだろう。飼養頭数が増えれば飼料作物を栽培するための土地も多く必要となり、購入飼料量も増加する。

そして何より、それだけの乳牛を飼養するための施設が必要になる。酪農は畑作とは異なり、大型の飼養・搾乳施設、飼料作物を保管するための施設、飼料作物を収穫するための大型農業機械などを購入しなければならない。

移住前後に新規就農を考えている人と話をしていると、ほとんどの方が「少頭数・小規模」でやりたいというんです。

私もそう考えて新規就農の話を農協にしにいくと、「融資するから他の酪農家のように大きく経営して欲しい」といわれてしまって。そこで新規就農は諦めて、農協に牛乳を出荷しない現在のスタイルに決めたんです。

酪農で生計を立てる難しさ

柿野さんは、自身が絞った牛乳を使用した焼き菓子を販売する「Дача ダーチャ」も運営している。販売は地元のカフェやネット通販が中心だ。柿野さんの作る焼き菓子は国産原料にこだわり、素朴な味でコアなファンも少なくない。

本当は牛の繁殖で子牛を売却したり、牛乳を搾って販売したりして、それだけで生計を立てたいのですが、現段階では難しくて。2014年ごろから焼き菓子の販売も始めました。焼き菓子はもともと作っていたのではなく、生活のために覚えたというのが本音です。

私は農協の組合員ではないので、牛乳を農協経由で販売できないんです。自分たちの生活に必要な分だけの牛を自然な形で飼養して行くのが理想ですが、それだと生計が成り立たなくて。難しいですよね。

「自然な飼い方」を目指す酪農

北海道の酪農では、ホルスタインを繁殖させ、牛乳が多く出るように配合飼料をたっぷり与え、毎日2~3度搾乳して効率的に収入を得るというのがスタンダードだ。しかしこれでは牛の体が持たず、自然に飼養していればかからない病気になり命を落とす牛も多い。

自然の中では、牛は常に放牧状態にある。そして牛乳は子牛が飲む分だけあればいい。柿野さんの酪農は、そんな「牛の本来あるべき姿」にとても近い。

牛たちは柿野さんが所有する山の中で生活し、ほとんど放牧された状態で飼養されている。搾乳は朝1回のみ。エサもコーン主体の配合飼料は使用せず、牧草と、稀にふすまを与えるぐらいだ。

草(牧草)だけで牛を育ててみたいという気持ちもあるんです。一般的な配合飼料の原料には遺伝子組み換え作物が多く使われていますから、そういったものは避けたいですね。

大昔に飼養されていた牛たちはどんな牛乳を出していたんだろう?という興味もあり、こういった自然な飼い方をしています。

地方で暮らす、酪農へのチャレンジ

柿野さんは現在、牛のいる山から車で5分ほど離れた場所にある自宅で暮らしている。朝と夕方だけ、牛の世話のために山へ行く。

実は今、牛のいる山に自宅とお菓子作りのできる小屋を夫が自力で建てているんです。この建設が終われば、ここで暮らせるようになります。

これからの課題としては、牛の餌になる牧草の自給問題ですね。山に生えてる雑草や笹も牛が食べ尽くしてしまって、ちゃんとした牧草が生えてくるのも時間がかかりますし、今は足りない分を無料で借りている牧草地で採草したり、他の酪農家さんから購入したりしています。

今後は牧草を購入せず、ここにあるものだけで飼養できたらと考えて試行錯誤している段階です。

本来の酪農とはなにか。柿野さんのお話を伺っている間、その言葉が頭の中を巡った。牛も人間と同じ動物だ。そして牛たちはとても賢い。

柿野さんの歩みに合わせてゆったりと歩く牛の背中をみていると、柿野さんと牛が過ごしているその優しい時間が想像できる。

ここにあるのは、金銭には変えられないかけがえのないスローなひととき。この酪農は時代と逆行しているかもしれないが、精神的な充足感はそれに勝るとも劣らないだろう。古くて新しいこの挑戦は、これからも続いていく。

参考資料

□網走市 公式サイト
□平成28年新規就農者実態調査結果の概要(北海道/平成29年8月30日)
□畜産・酪農をめぐる情勢(農林水産省/平成29年12月)

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