2018年11月26日。岩手県久慈市では、前夜に本格的な積雪があった。雪深い山根地区では、その日「巡回公民館事業」が行われていた。巡回公民館事業とは、公民館の職員などが地域の集会場に訪れて高齢者向けにワークショップや血圧検査などを行って回るものだ。
山根地区内の下戸鎖(しもとくさり)で、笑顔でコットンボールランプの作り方を教える青年がいた。現在「久慈市地域おこし協力隊」の一員として活躍している田端涼輔(たばた・りょうすけ)さんだ。24歳の田端さんは三重県津市出身で、大学卒業後は名古屋の会社に勤めていた。そして、2018年4月より地域おこし協力隊の一員として、山根市民センターに配属されている。田端さんは、なぜ郷里から遠く離れた久慈市に移住したのか。お話を伺った。
スマホが映す景色と、目の前に映る光景の違いを見て
大学3年の9月、田端さんは大学のカリキュラムの一環で東日本大震災の復興ボランティアで東北の地に訪れた。岩手県では、被害の大きかった大槌や陸前高田をはじめ、久慈を含めた沿岸各地を回ったそうだ。すでに瓦礫はほとんど撤去された後だったため、プログラムは「花を植えたり、地元住民の方々とお茶会をしたりといった交流ボランティアが中心だった」という。
田端さんは、当時まだ震災前から更新がされていなかったグーグルマップを見つめ、自分が目の前で見ている景色とあまりの違いに思わず涙を流した。そんな時、田端さんは被災者の方々から逆に励まされる。大学生の自分を応援してくれる方々との交流を通して、田端さんは「一生のうち1回は岩手で仕事をする」と決意した。
大正2年の古民家を活用した、カフェオープン計画
大学卒業後に就職したものの、岩手への思いを変わらずに持ち続けていた田端さん。ある日、ネットで「久慈市地域おこし協力隊」の募集を見つけた。そこに記されていたミッションは「古民家を活用したカフェをオープンさせる」こと。カフェ経営にも興味があった田端さんは「これだ!」と奮いたち、応募を決める。
久慈に移住した田端さんは、カフェをオープンさせるための古民家に住んでいる。この古民家は大正2年に建てられた歴史ある建物だが、お風呂やトイレなどは綺麗に改装されている。田端さんは、地域おこし協力隊の活動経費を活用しながら、出来る限りDIYでカフェに改装していく方針だ。
地域にあるカフェとして、独自のカラーを模索
田端さんは、早くて2019年5月中旬から下旬にはカフェをプレオープンさせるプランを描いている。プレオープン後にはイベントスタイルでの営業を重ね、2020年4月の本オープンを目指す方針だ。「操業計画は立てていますが、実際にどのくらいの集客が見込めるかは未知数です。正直、不安もあります。」と、率直に話す田端さん。だが、しっかりと先は見据えている。田端さんが思い描くプランの一端を、ここで紹介したい。
【1】独自性を持つために、観光資源を活かす
久慈市内にある「久慈駅」周辺には、個人経営のカフェが多数ある。市内の人口が集中している駅付近の住民が、山根まで足を延ばしてくれるかが成功のカギを握る。成功するためには、カフェとしての独自性を持てるかがカギだと田端さんは考えている。そこで活かしたいのは、観光資源だ。カフェの近くには温泉宿「べっぴんの湯」がある。知る人ぞ知る山根温泉は、東北一で全国4番目の強アルカリ性を誇る。地域の方々のみならず、観光客も呼び込めるこのスポットを活かさない手はない。
【2】地元食材を使用したオリジナルレシピのメニューを考案
山根地域で獲れた山菜をはじめ、地元食材を使ったオリジナルレシピのメニューを既にたくさん準備する田端さん。この地ならではのメニューをプレオープンから本オープンまでの間に試し、お客さんの反応をじっくり研究していくそうだ。もちろん、カフェの命と言える自家焙煎コーヒーの試作にも余念が無い。焙煎したコーヒー豆はそのまま販売することも考えていて、コーヒーファンの心もしっかりと掴みたいと考えている。
【3】地元住民からも親しまれる場所づくり
カフェを円滑に運営するには、地元・山根地区の住民に親しまれる場所になることも必要不可欠だ。田端さんは、巡回公民館事業のようにワークショップなどを行う場所として、カフェを活用できるようにしたいと構想中。地元住民に親しまれる場になることで、固定客をつかみたいと考えている。
現在、カフェは地元住民の協力を得ながら、ハード面・ソフト面ともに準備が進んでいる。今後カフェが軌道に乗り、多くの方々に親しまれる存在になることを願う。
あふれる好奇心が原動力。久慈で充実した毎日を送る
田端さんの活動は、カフェオープンへの準備にとどまらない。スケジュールが空いている日は、1週間のうち1日あるか無いかだ。市民センターでの勤務に加え、夕方からは週に4日ほど小学生のサッカーチームでコーチをしている。元々はサッカー選手を目指していたという田端さん。サッカーコーチのほかにも地元フットサルチームにも加入し、コーチの無い日にはフットサルの練習や試合を行っているそうだ。
そして、土・日はカフェ経営の勉強も兼ね、久慈駅周辺の2軒のカフェでアルバイトをしている。好奇心旺盛でポジティブな田端さんは今、充実した日々を送っている。高齢化の進む地域にて、パワフルに突き進む青年がその手で夢を掴む。そんな日が来ることも決して遠くないと思えた。