
天草イルカラボのメンバーと。写真右が野間さん。
身の周りのあらゆるものが、インターネットにつながるIoT。IoTが活用されている身近な例は、テレビやエアコンなどの家電だ。
こうした技術は都市部や大企業のもので、個人には手の届かない存在と考えている人は多いかもしれない。しかし、テクノロジーの導入に、大きな資本は必ずしも必要ないとしたらどうだろう。産業へのIoT導入と地域ブランディングに取り組む活動家にお話をうかがった。
「IoTの現場は地方にあり」地方への可能性を感じる
野間英樹さん(42)は、2015年に妻と未就学児の子ども3人と共に熊本県天草市に移住。主に、一次産業に携わる事業者に向け、IT導入を支援する活動を行なっている。IT導入支援の活動の傍ら、地域ブランディングプロジェクトのブレーンも担う。
野間さんは、東京大学農学部在学中にICT関連の会社を設立した。Webのシステム開発を主な事業としていたが、東京で仕事を展開するうちに、地方におけるIT化の可能性に関心を持つようになった。技術志向のエンジニアは技術があるからこそ、まずはモノを作ってみようという発想になる。が、そのアプローチでは現場のニーズと乖離したものができてしまうこともある。
都市部では技術があっても、実験をしたり課題を発見したりするための“生きた現場”がない。そう、野間さんは実感するようになった。
少額から導入できるIoTもある
IT化というと、大規模な施設や資本が必要だと考えるかもしれない。ところが、現在は技術の進展により、数万円レベルから取り組めることがあるという。以前よりもずっとハードルが低くなっているのだ。
一次産業や個人のレベルでは、まだまだITが導入されていない領域が数多くある。その領域でITを活用できれば、大幅な生産性や品質の向上が見込めるだろう。野間さんは、特に人手不足が深刻な一次産業の現場でのイノベーションの可能性を感じて、地方への足掛りを作ることにした。
東京出身・東京育ちの野間さんが、地方への足掛かりとして選んだのは熊本県天草市。公設民営の『一般社団法人 天草市企業創業・中小企業支援機構(通称アマビズ)』のセンター長に就任するためだった。ところが、アマビズのセンター長として在籍していたのはわずか2年あまり。市がアマビズに求める役割と野間さんの考え方の違いにより、その職を辞することとなった。
「なぜそうするのか」根拠にたどりつくまでが難しい
現在、野間さんは会社または個人で事業コンサルティングやシステム開発などの案件に携わる専門家として活動している。システム開発をはじめとする技術的な支援のほか、国が情報提供する地域経済分析システム(RESAS:リーサス)などの情報分析も行なう。
野間さんいわく、ITやIoTに頼らなくても、システム化により改善できることは多いという。例えば、農業の場合。多くの農家は、JAの提供するカレンダーに従って農作業を行なっている。しかし、長年農業に携わっている人でも、なぜそうするのか根拠まで理解して農作業できている人は少ない。効率化や品質向上に結びつくヒントはいくつかあるのだが、根拠が理解できていないため、そこまでの知見にたどりつくことが難しい。
特に、地方では『IT』や『IoT』といった言葉そのものにアレルギー反応を示す人が多く、共感する事業者が少ないのが現状だ。そこで立ち上げたのが『天草IoTイニシアティブ』というコミュニティ。有志の勉強会を通じて、地元でIoTに興味を持つ人を増やす取り組みを行なっている。
テクノロジーは経済成長と持続可能性を両立させるためのツール

天草イルカラボのビーチクリーン活動
野間さんが今、熱心に取り組んでいる活動の一つに『天草イルカラボ』というプロジェクトがある。天草は、国内でも有数のイルカのウォッチングの名所。一年中イルカが生息できる海域は、世界の中でもかなり珍しい環境だ。しかし地元の人たちは、この豊かな自然環境の希少性を十分理解しているとはいえない。そして、イルカウォッチングが一つの観光産業として注目される中、イルカにとって住みやすい環境が維持できるかは不透明だ。
この環境を持続可能なものにするためには、どうすればよいのか。野間さんは、イルカを地域ブランディングの目玉に据える行政や地元の事業者と共に、経済成長と持続可能性の両方を実現するためのプロジェクトを推進している。
一見、テクノロジーとイルカはまったく関係がないように見える。野間さんが目指しているのは、世界に通用する生産体制と持続可能な生産体制の実現、そしてそれを可能にする環境を地方で確立すること。今後、人口減少が深刻になることが見込まれる日本では、テクノロジーこそが経済成長と持続可能性を両立できるツールである。そう、野間さんは信じている。
野間さんは、決して口数が多い方ではない。理知的で物静かだが、コミュニケーションを通じて知的交流が生まれる場を大切にしている。ある事業者とは、IT化の重要性に気づいてもらうまでの対話を1年以上かけて行なってきたという。
IoTが当たり前になる産業をいち早く整えれば、地方でも物流やデータ共有プラットフォームなど、関連する裾野産業が生まれる可能性は大きい。地方からイノベーションを起こす挑戦は、すでに始まっている。