
地方創生が話題になる中で、中央と地方、国と地方自治体の関係性を考える機会が多くなっています。
助成金・補助金といったお金の流れだけでなく、どのような考え方をもって国と地方自治体が付き合っていくのかが問われています。
この問いに対するヒントになるかもしれない村が、福島県川内村。
「不撓不屈のむら」として知られる川内村とは、一体どのような村なのでしょうか。
村の生活が国によって脅かされる事件

川内村は、福島県の沿岸部に近い双葉群に属する人口2500人程度の村です。
阿武隈高地の中央部に位置し、標高500から600メートルの高原が大部分を占めています。
一見ごく当たり前の村のようですが、この村には虐げれてきた歴史が存在ます。
中でも有名なのが、明治政府による地租改正のときの明治政府との戦いです。
1873年の地租改正により、全国一斉に測量と地価の策定が行われました。
その際に、村の共有林が国有林に編入されるという事件が起こります。
共有林と共生し、放牧や木材・薪などで生計を立てていた村民にとって、青天の霹靂であり明日の生活に苦慮する事態となったのです。
そこで、全村民一丸となった山林引戻運動が始まります。
裁判費用など、多大な負担を強いられながら国相手の行政訴訟を行い、開始から3年後、見事勝訴を勝ち取ります。
その後、新しい村の産業として村有林を活用し、村の基幹産業として木炭生産を開始。
最盛期には、全国消費の約50%もの木炭を生産するまでになります。
このままでは誰の口からも語られなくなる村の歴史

川内村が迎えた困難は、東日本大震災でも訪れます。
川内村は福島原発20kmに位置するため、避難区域となり人口が激減。
若い世代を中心に人口は流出したままの状態が続いています。
そこで始まったのが、「不撓不屈のむら」川内村でエネルギー民主革命の歴史を知るプロジェクトです。
川内村の歴史は、今やお年寄りからの口伝によってのみ伝わっている状態です。
古くは、坂上田村麻呂の時代から歴史が紡がれているのも関わらず、どこにも保存される失われる危機を迎えています。
そこで、川内村の歴史を聞書きし保存すること、その歴史資料を用いた紙芝居や映像を製作することによって、川内村に再び誇りを取り戻すというのが、このプロジェクトです。
国の政策と戦い、村の自治と産業、そして村民の日々の生活を守った川内村の歴史を保存することは、自治体のあり方を学ぶ機会に繋がるはずです。
村の歴史を見える化し、オンリーワンの村に

自分の地元や、現在住んでいるところに目を向けてみましょう。
一見、何も歴史がないような、どこにでもあるような場所に感じられませんか。
しかしどんな場所でも、そこでの生活があり、日常があった時代の上に今があることを忘れてはいけないのだと思います。
その場所の歴史を保存し、見えるようにすることでそこだけの魅力に繋がっていくはずです。
川内村に帰りたくても帰れない人もいるかもしれません。それは他の地域でも同様かもしれません。
そんな中で、誰かに託して残すという手段を取るのも、かつての日常と誰かの歴史をいつかの未来に繋げるために必要なのではないでしょうか。
参照サイト
※このプロジェクトは、クラウドファンディングで支援を募集しています。