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伝統工芸から未来工芸へ:江戸切子職人の「ぶれない」価値

伝統工芸から未来工芸へ:江戸切子職人の「ぶれない」価値

    CATEGORY: AREA:東京都


江戸切子の多くは透明なグラスの表面に繊細な文様が刻まれている。雪の結晶や氷を思わせる透明感のあるグラスの中に琥珀の飲み物を入れて楽しんでみたい、と一度は思ったことがある人も多いのではないだろうか。

東京スカイツリーのお膝元、江東区に工房を構える江戸切子小林の三代目、小林淑郎さんに江戸切子の魅力、伝統工芸を守っていくことについてお話を伺った。

江戸切子の意外な歴史!?

正倉院などに保管されていた白瑠璃などの存在から、硝子は日本に古くから存在していたと思えば、古いものは全て舶来物で、日本人の手によって作られるメイドインジャパンの切子は天保の時代に作られるようになったそうだ。

江戸切子は、誕生した当初から高級な工芸品として存在していたわけではなく、その始まりは意外にも「実用品として作られていました。硝子の生地自体も同じ切子である薩摩切子などと比べても大分薄いものですよ。」と小林さんは話す。

切子と言えば、江戸切子と同等に知名度を持つ薩摩切子があるが、薩摩は藩事業として政府の肝入りで薩摩切子を生産していたため、素材も大変贅沢に使われており、グラスなどに使われる硝子の厚さは5ミリ程度、また色付き硝子もふんだんに使われた美術工芸品だった。

一方、前述の小林さんの説明どおり、江戸切子は庶民によって作られた庶民のための実用品だった。最初に日本人の手によってカットグラスが作られたのは、1834年加賀屋久兵衛が金剛砂を使ってガラスに細工を施したのが切子の始まりといわれている。

その後、欧米文化の導入に熱心に取り組んだ政府のもと硝子の模範工場として1876年に品川硝子製造所が設けられた中、1882年、英国からやってきたエマヌエル・ホープトマンが切子技術を教えたことを機に、江戸の切子は更に発展していく。近代工業を取り入れながら発展した江戸切子は伝統を絶やすことなく、江戸時代から続く伝統工芸を今の時代に残すことができたのだ。

和洋折衷の江戸切子文様

江戸切子の文様は実は日本で生まれたものはほとんどないそうだ。

代表的な切子文様としては矢来切子、格子切子、麻の葉切子、魚子(ななこ)切子、籠目(かごめ)切子、菊籠目切子、菊つなぎ切子、が挙げられるが、これらは、カットガラスが生まれた英国の文様やその他の工芸に用いられていたものを江戸切子文様として取り入れられたものも多いという。

江戸切子職人はそれぞれに得意な文様を持っており、その組み合わせによって唯一無二の作品が生み出されていくのだ。

カットグラスと言えばフランスのバカラなども有名だが、こうしたカットグラスと江戸切子はどのように違うと思うか、という質問を小林さんに投げかけると、「日本で作られる切子の文様はバカラなどのものに比べると圧倒的に細かい」という答えが返ってきた。ガラスに刻まれた繊細な文様に日本の技を見る。

溜息が出るほど美しい

小林さんの作品には菊籠目切子が使われたものが多く、一ミリのずれもなく細かな細工でびっしりと埋め尽くされたガラスの器は、眺めれば眺めるほど溜息が出るほど美しい。

ガラスの色も無色のものをはじめ、青、紫、赤などがあるが、中でも小林さんは無色のものを好んで使っているそうだ。

日本伝統の技と英国からのデザインがガラスを通じて融合し、和洋問わないスタイルに馴染むのも江戸切子の一つの魅力だろう。

小林さんはこの代表的な文様を組み合わせた作品を制作することがほとんどだと言う。現代になってから様々な文様が江戸切子として作られているが、昔から使われている文様は時代を問わず美しく、何より小林さんが愛着を持っておられることが、一つひとつの作品を手に取りながら話す様子で伺うことができる。

伝統工芸は「生活」だ

小林さんにとって伝統工芸は?と伺うと、「生活」との答えが返ってきた。これには2つの意味が含まれているようだ。1つは、江戸切子という伝統工芸を守る職人にとって、伝統工芸は日々の生活である、という意味。伝統工芸を守ることは楽ではない、と話す小林さん。職人として、より完成度の高い江戸切子作品を作っていくことに留まらず、職人の生活を守っていくためにもいかにより多くの人にその作品を届けるかについても職人は考えなければいけないのだ、と。

2つ目の意味は江戸切子を全家庭の生活に届けたいという意味が込められている。「ガラス産業はまだ成熟産業ではない」という小林さん。伝統工芸として過去から受け継がれてきたものに自分たちの発想を封じ込めるのではなく、未来を見つめる未来工芸としていかにより多くの人たちの生活に密着できるか、を日々考えているそうだ。

ぶれない価値

小林さんのお話を伺ってから改めて小林さんの手によって作り出された江戸切子の作品を手に取ると、職人によって生み出されたものの美しさと価値は、「ぶれない」ということにあるのではないか、という気がしてくる。

得意とする文様を極め、考え、悩みながらも一つの技術を何年もかけて築いてきた技が、瞬間の表現となって作品に現れる。 ぶれることなく江戸切子と真摯に向き合ってきた小林さんの生き方が、無色透明なガラスに一寸の違いもなく整然と、そして可憐に並ぶ菊籠目切子の文様に現れているように見える。

小林さんの工房では江戸切子教室が開催されているほか、体験教室も受け付けている。ものづくりは実際に作ってみる時ほど、ものづくりの大変さと楽しさを感じられるものはない。

是非一度江戸切子づくりを体験してみてほしい。

江戸切子教室
○工  房 : 有限会社 小林硝子工芸所
○所 在 地 :東京都江東区猿江2-9-6
○電  話 : 03-3631-6457
○F A X : 03-3631-6457
○メールアドレス: arazuri at u01.gate01.com
○代表者 : 小 林 淑 郎