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文化財を起点にまちづくり、5000年以上前からのこる地域資源を活かす学芸員の挑戦

七ヶ浜町歴史資料館の学芸員・田村正樹さん

日本全国どの自治体にも文化財を担当する職員がいる。町の歴史を物語る資料を守り、それを広く伝える業務に日夜取り組んでいる。彼ら彼女らの取り組みは、その町が持つストーリーを掘り起こすといった意味で、まちづくりの根幹に関わることでもある。

東北で最も小さい町

宮城県七ヶ浜町は面積13.19平方メートル、東北地方、北海道まで含めても最小面積の自治体。松島湾に突き出た一つの半島がまるごと町域になっている。

町名の由来は湊浜、花渕浜など7つの集落に別れていた、ということから。2011年の東日本大震災で大きな被害を受けたが、復興を果たし、東北で最初に開かれた歴史を持つ菖蒲田海水浴場も再開した。

東北でも有数の知名度を誇る貝塚

この町にはその筋には知らぬ者がいないといっても過言ではない、遺跡がある。その名も大木囲貝塚。いまから5000年以上前の縄文時代前期にここには大集落があった。

その名を高めたのは「縄文学の父」と呼ばれた山内清男。昭和2年から4年にかけてこの貝塚を発掘調査して、出土した土器を形や文様で「大木式土器」を13時期に分類した。この分類は現在でも東北南部の縄文時代研究の基盤として使われている。

その歴史をわかりやすく伝えるのが七ヶ浜町歴史資料館、そこには1人の学芸員がいる。

貝塚の魅力に導かれ

田村正樹さん、出身は岩手県八幡平市。

福島大学で考古学を学び、専門である縄文時代研究の環境を求めてこの地に就職しました。もともと考古学との出逢いは小学校6年生の時。担任の先生が発掘調査の経験者で、歴史の授業に実物の土器を持参して触らせてくれたのがきっかけで考古学の魅力にとりつかれたという。

研究テーマとマッチしていたとは言え初めての土地で不安はなかったのだろうか。仕事にはすぐなれたのだろうか。

不安よりも海のそばで暮らせるというワクワクする気持ちの方がが大きかったですね。仕事は最初全くの手探り状態でした。

当時歴史資料館にいた文化財の専門家は新人の田村さんだけ。近隣の自治体の学芸員さんや福島大学のネットワークで繋がった人脈で、相談したり、先行事例を取り入れたりしながら現在の形を作り上げたという。

大変だったのは東日本大震災の後ですね。震災復興に伴って手続きの件数も増えましたし、事業が遺跡に関わる場所で発掘調査を行うこともありました。一方で震災前から続けている体験活動などの教室は一旦やめてしまうと再開することが難しいと考え、両立させることにしました。

こともなげに話すが、その裏には並大抵ではない苦労があったことだろう。昼間は発掘調査の現場を指揮し、5時から通常の事務。土曜日曜は資料館での体験活動と休む間も無く取り組んでこられた様子が伝わって来た。

町の子ども達にどう歴史文化を伝えるか

歴史体験活動では「本物志向」と「裾野を広げる」という相反する二つの方向性が存在する。

例えば「縄文土器をつくろう」という体験活動で考えてみると、遺跡で出土した土器を分析して、どこで採取した粘土から作られたのかを推定するところから始める。縄文人と同じように混和物を入れて粘土をこね、十分に乾燥させて、野焼きという方法で焼成する。リアルさを体験したいのであれば、時間も手間も多くかかることを覚悟しなくてはいけない。

一方で最近は焼かなくても固まる粘土が安価で販売されているので、それを使って土器や土偶のミニチュアを作るのであれば、気軽に体験ができる。しかし、それでは縄文文化を体験したことになるのか。子ども達の教育にふさわしい形を目指して、さまざまな試行錯誤が行われている。

町の未来へ文化財をどう活かすか

そんな田村さんが今後どのようなことに挑戦したいかをうかがった。

まずは貝塚に来てもらうことですね。今年は町制施行60周年で、大木囲貝塚史跡指定50周年でもあります。今年は大型の企画展も実施していますし、だいぎ桜をはじめとする、貝塚内の桜を活用して、新たな桜の名所としてのPRも広がってきています。何かのきっかけで貝塚や資料館を訪れる方が、少しでも縄文文化に興味を持ってくれるといいのではないでしょうか。

コンパクトな中に、美しい松島湾の景観や、マリンスポーツを楽しむことができる浜、歴史を感じることができる散歩道があったりと心地よい町です。また仙台や多賀城といった都市的な街に近く、都心から移住されてきた方も大きく生活を変えずに溶け込むことができると思います。汐見台という新たに造成された団地には子育て世代も多いですし、リタイア層の移住者も少なくありません。古くから住んでいる浜の漁師さんたちとも新しい住民たちとの交流を楽しんでいると感じます。また震災後はノリの養殖から加工、販売までを町内で完結させるような6次産業化を目指す新しい取り組みも始まっています。

縄文時代から続く豊かな海の恵みを活かした町の未来を共に歩む、そんな暮らしもいいかもしれない、そう思わせてくれる。

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