高齢化する地方の車社会問題。言語聴覚士がカフェ開業した理由

カーリングの町、北海道北見市にて、全国的にもまだ例の少ないフリーランスの言語聴覚士として活躍する女性がいる。彼女の名前は橋田祐理子さん。独立後はNPO法人を立ち上げ精力的に活動している。

言語聴覚士は、先天的あるいは後天的な病気や加齢によって、「話す、聞く、食べる」といった機能が低下している方に対し、リハビリなどによって回復を促す言語や聴覚の専門家だ。

言語聴覚士という国家資格を持ちながら、彼女はなぜフリーランスの道を選んだのだろうか。その軌跡と今後について伺った。

地方の高齢化と福祉の仕事

橋田さんが言語聴覚士という職業と出会ったのは、高校生のときだった。進路について考えていた際、聞き慣れない職業である「言語聴覚士」に興味を持ったのだという。

ちょうどその頃、橋田さんの祖父が重度の嚥下(えんげ)障害から、胃にカテーテルを差し込み、直接栄養を送る「胃ろう」を病院に薦められていた。

自分の進路を決めなければいけない17歳の頃、とにかく「他の人がしていない仕事をやってみたい」という気持ちがまずあって。そんなときに就職情報誌をめくっていると、「言語聴覚士」という見慣れない仕事が目についたんです。しかもそこには「嚥下(えんげ)」の2文字があって、「あ、私がやるのはやっぱりこの仕事なんだな」って直感的に思ったんです。

私の祖父が病院から胃ろうを薦められたとき、その決断を委ねられたのは私の母でした。家族が家族の体ことを決めるのってすごく難しいんですよ。言語聴覚士になれば、そういった方々の支えになれるのではないかとも考えました。

高校卒業後、橋田さんは言語聴覚士の資格を取得。資格取得後は北見の老人介護施設で働くことになった。

地方で医療福祉のフリーランス

言語聴覚士が国家資格となったのは1997年のこと。毎年1,000~2,000名ほどが免許を取得し、2018年現在、全国で約3万人の言語聴覚士が活躍している。

日本言語聴覚士協会のホームページによると、言語聴覚士の約74%が医療機関に所属。そのほか、老人福祉施設や福祉施設、学校、研究機関などに所属し、「所属先不明」となっている言語聴覚士はわずか4%強となっている。

橋田さんはこの少数のうちの1人だ。「言語、聴覚、嚥下(えんげ)」のスペシャリストとしてリハビリを行う仕事であるから、医療機関や福祉施設に所属するほうが自然だろう。

言語聴覚士は、介護施設や医療機関に所属していれば安定的な生活を送れるはずだ。にもかかわらず、橋田さんはベテランに差し掛かる「勤続8年」というタイミングで独立した。

同じ施設に長く勤め、キャリアを積んで、管理職にも就きました。施設で働いていれば確かに安定はしています。でも、利用者さんも職員もいつも同じメンバーで、その中で仕事をしていることに漠然とした不安があって。

目の前にいる利用者さんを助けることはできている。目の前にいる同僚とはうまくやれている。でも、外にいる人達とはどうなんだろう?って考えるようになっていったんです。より多くの人と触れ合って、より多くの人の助けになりたい。施設に所属しているとできないことをやりたい。それを叶えられるのが、フリーランスだったんです。

高齢化する地方の車社会問題

フリーランスとなったあと、橋田さんは理念に賛同してくれた仲間たちとNPO法人である「食べる力・円」を立ち上げた。立ち上げ初年度より、円では嚥下(えんげ)に関する出張講師やリハビリを行う「嚥下(えんげ)サロン」の定期開催などを行ってきた。

橋田さんは、言語聴覚士の中でも特に「嚥下(えんげ)」の領域を専門としている。施設にいた頃と同じく、独立後も加齢に伴う筋力の衰えからくる嚥下(えんげ)障害と向き合ってきた。

「嚥下(えんげ)サロン」では、集まった高齢者たちにリハビリのための体操を教え実践し好評を得ていたが、ここで交通網が整備されていない地方ならではの問題が出てきてしまう。

定期的に開催していた嚥下(えんげ)サロンは毎回好評だったのですが、場所的に「通うのが大変で続けられない」という方が多く出てきてしまって。冬は雪と寒さで歩くのも大変だし、バス停が自宅近くに無い方にとっては「交通手段がない」となってしまうんですよね。

最近では「運転免許証を返納する」という方も少なからずいて。かといって、こちらで送り迎えするわけにもいかないですよね。どうしようか考えていたときに、交通の利便性に優れた場所で、嚥下(えんげ)サロンに通っていた方もそうでない方も気軽に立ち寄れる「カフェ」を作ろう!となったんです。

地方の社会課題をカフェで解決

こちらが2018年8月中旬開店予定の「箱カフェまんまる茶茶」。北見市の中心街近くにあり、一部クラウドファンディングを利用しながらも、大部分は自己調達資金でまかない店舗を作り上げる予定だ。

今までは嚥下(えんげ)サロンで高齢者の方と対面することがほとんどでしたが、カフェでは赤ちゃんからお年寄りまで、多くの人が集まれるスペースにしたいと考えています。子どもとそのお母さんがのんびり出来るスペースを作って、月に何回かは講師を招いてワークショップもやりたいですね。

カフェの運営が落ち着いてきたら、嚥下(えんげ)サロンで行ってきたことを定期的に店舗内で行います。嚥下(えんげ)食のメニューや喉を鍛えられる食事も取り入れて、「ここにしかない」ものも提供する予定です。

カフェが目指しているのは、地域と融合したコミュニティの確立です。年令や性別に関係なく、ここに訪れる方々の憩いの場になればと考えています。

専門家と住民をつなぐカフェ

団塊の世代が75歳以上を迎える2025年に向けて、厚生労働省は「地域包括ケア」と称し、「自治体や市民が主体となって」高齢者を支える仕組みづくりをするよう推進している。

しかし、行政主体の取り組みだけでは、細やかなサービスを展開するのは難しい。地域包括ケアを実現するには、地域住民ひとりひとりが介護や健康について理解を深め、手を取り合って行く必要がある。

橋田さんがこれから展開するカフェ経営は、北見市の地域包括ケアにおいてのひとつの拠点となるだろう。人が人らしく生きていくために、「話す、聞く、食べる」という動作は必要不可欠だ。言語聴覚士という専門家のいるカフェは、多くの市民の拠り所となるに違いない。

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