44年ぶりに復活した近畿最古の芝居小屋・出石永楽館

兵庫県の北部に位置する豊岡市に、出石(いずし)という地域があります。そこはかつて出石城があり、城下町として栄えた地域で、いまでも歴史を感じられる建物や街並みが残り、多くの観光客が訪れます。

歴史と文化が息づく町の一画に、大きな木造の芝居小屋があります。

タイムスリップのような劇場体験。レトロな佇まいに惚れる

それが、近畿最古の芝居小屋として知られる永楽館です。

現存するものでは近畿最古で、開館したのは明治34年。そこから一度閉館する昭和39年まで、歌舞伎の上演に始まり、映画の上映に至るまで変化を続けながら、賑わいました。

閉館した理由は、テレビの普及と娯楽の多様化による集客不足。日本が近代化する中で、不要とされてしまった建物でした。

永楽館が復活したのは、平成20年。いまから約10年前です。「平成の大修理」と呼ばれる整備事業を町が主導し、町の人々の後押しもあって復活することになりました。

古いものを、古いままの姿で

中に入ってみると、まず驚くのが舞台と客席の近さ。これだけ近いのは、現代の劇場ではあり得ないことだそうで、当時の規格で修理しているからこそ味わえる魅力。

次に感じるのは、この建物がもつ歴史の重み。花道の板や、レトロな手書き看板、舞台上の梁などは、当時のまま再利用されており、経過した年月を、見た目や手触りで感じることができます。

左側の板が10年前に張り替えたもの、右側の板が100年前のもの。色の違いが歴史の深さ

訪れた日は、翌日の講演をひかえて準備がちょうど終わったところで、誰もいない劇場をゆっくり眺めることができました。古いということと、この劇場で重ねられてきた歴史を感じてしまい、思わず息を潜めながら、見学。

突然、数十年をタイムスリップしてしまうのが、こんな落書き。

ここは、舞台に向かって右側にある「太夫座・囃子場」と呼ばれる小屋です。

三味線や太鼓などを演奏するところで、中には落書きがたくさん。中にはエッチなものもあって、かつてここで活躍したであろう人々の面影を感じます。

舞台装置も当時のまま

永楽館の舞台は、廻り舞台になっており、舞台下の「奈落」、そして廻り舞台の機構も、そのまま残されています。

社会の教科書でしか見たことのないようなものが、目の前にあり、木の削り具合や、舞台したの広さなどを体験することができます。

文化を守るという精神

当時の材木。荒く削り出されていることがわかる

なぜ、永楽館はいまにこの姿をとどめているのでしょうか。それは、歌舞伎小屋から映画館になるという、歴史の変遷の中で、資材を残してきたからだそう。

ひとつは、永楽館のオーナーが大切にし続けてきた結果だといえます。歌舞伎小屋として開館した当時の趣をそのままに、かたちは変われど、人が集まり、楽しむところであるという思い出が、絶えることなく続いてきたわけです。

そして何より、閉館した際に取り壊さず、そのまま眠りについていたというのが大きいでしょう。永楽館は大きな建物です。ということは、観光地という立地から考えても、駐車場にでもした方がお金になったかもしれません。

ひとりの思いが、近畿最古の芝居小屋を現存させ、いまでは見られないような建物を今に伝えてきたわけです。

捨てず、壊さず、思いを託す

時代が急激に変わっていく中で、古いものはどんどん捨てられ、新しくされていきます。当時のまま残すということが、これほど難しくなっている時代もないかもしれません。

いま永楽館は、歌舞伎役者の片岡愛之助さんが愛し、毎年公演をおこなう場所になっており、地域の外から観光客が訪れる場所になっています。

そして地域の人も、同窓会の会場にしたり、イベント会場にしたりと、永楽館を活用し、人が集っています。

ここから感じるのは、新しいとか古いとかではなくて、どんな思いの人が集まるか、どんなふうに活用されるのか、その結果、どんな気持ちが生まれるのかということが大事なのではないかということです。

不要になったらなくせば良いのではなくて、不要になっても、また活きる機会があるかもしれない。そう思うなら、残し続けて、誰かに託していく。

それが、地域に文化を残していくということなのではないでしょうか。

関連記事一覧