日本で「水」や「氷」がビジネスになったのはいつ頃?

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今では当たり前のようにお店で販売されている水や氷。いつ頃から商売されているのか調べてみました。

ひと箱60万円!? 治療用に輸入されていた氷

1858年に日米修好通商条約が結ばれ外国人が日本に住むようになった当時、外国人医師がやけどや熱病の治療に使う目的で、アメリカから天然の氷が輸入されていました。

その時の値段でみかん箱くらいの大きさ1箱が3〜5両。現在の価格で30万〜60万円もの金額で取引されていたのだそう。

輸入氷よりも人気になった「函館氷」

当時の氷市場はアメリカから輸入されていた天然氷によって独占されていましたが、その市場に新たに登場したのが北海道・五稜郭の氷として販売された「函館氷」。

「函館氷」は、日本で初めて天然氷の販売を事業化した中川嘉兵衛によって生み出されました。

1861年に氷事業に着手した嘉兵衛でしたが、富士山麓で採った氷100トンが輸送中に溶け出し8トンまで減ってしまうなど何度も失敗を重ねます。

しかし1869年、函館で採った氷500トンを無事に横浜まで輸送し販売することに成功。年々生産量を拡大し、事業を軌道にのせました。

輸送費に費用がかかるアメリカの天然氷よりも価格が安く品質も良いことから「函館氷」は庶民の間にも氷ブームを巻き起こしたそうです。
ニチレイ こおらす 中川嘉兵衛と氷業のはじまり

日本でミネラルウォーターが販売されたのは明治時代中期

水が商品として販売されていたのは1880年代のこととされています。

こちらもやはり外国人から始まっており、横浜や神戸の外国人居住区やホテルで瓶詰めのスパークリングミネラルウォーターが提供されていたそうです。

1886年には三ツ矢サイダーでおなじみの炭酸水が「三ツ矢平野水」「三ツ矢タンサン」の名で市販されています。
参照元:Asahi 三ツ矢豆知識, 日本ミネラルウォーター協会 Q&A

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