山形県に伝わる「花ぞうきん」。貧しい中に有り物で生み出された日本の美

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山形県には古くから伝わる「花ぞうきん」という雑巾があります。貧しい中で生み出された「花ぞうきん」とその背景についてまとめてみました。

関ヶ原の敗戦により生まれた荒地に住む「原方衆」

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花ぞうきんが生まれた背景には「原方衆」の存在があります。この「原方衆」とは、関ヶ原の戦いに敗戦し、120万石から米沢30万石に転封された上杉家とともに移り住んだ武士たちのこと。

米沢藩・初代藩主である上杉景勝は、転封されたてもなお、一人もリストラすることなく希望する家臣全員を連れて米沢へ戻りました。

しかし米沢の城下に全ての家臣を住まわせることは難しく、城の東西南北の荒地に住まわせられた原方衆は半士半農の生活を余儀なくされます。原方衆たちは自ら鍬を手に食糧を得ていましたがその生活は貧しく、城下に住まう武士との間には諍いもあったようです。
参照元:上杉鷹山と細井平洲

貧しさの中でも忘れない武士の妻としての誇り

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原方衆の妻たちもまた、貧しい生活をしいられていました。

しかし、貧しい生活においても妻として夫を支え、武士の妻としての矜持を忘れることはなく、彼女たちから「花ぞうきん」が生まれました。

麻や木綿に糸を刺すことで少しでも丈夫にと、亀甲の文様を中心に様々な美しい文様を施したぞうきんには、貧しくとも有り物で武士の妻としての誇りを表した美がつまっています。


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この「花ぞうきん」はやがて「原方さしこ」として受け継がれ、現在も原方さしこを認知してもらう為の活動が行われています。
参照元:米沢観光Navi 上杉景勝, 刺し子工房創匠庵 原方刺し子の紹介

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