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百姓から王となった琉球王国の王「尚円王」の波瀾万丈な人生 -沖縄県-

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日本にありながら独自の文化を育み慈しむ沖縄県。百姓から琉球王国の王となり歴史を築いた王「尚円王」の波瀾万丈な人生についてまとめてみました。

百姓の子として生まれた王

2015年に生誕600周年を迎えた「尚円王 (しょうえんおう)」。

沖縄本島の北西部にある伊是名島の百姓の子として生まれ、「北の松金」の名で呼ばれていました。その容姿と性格から島の娘たちには大変人気があったと言われています。

村人からの妬み 島を出るきっかけとなった事件

20歳のときに両親を亡くした松金ですが、妻を迎え弟とともに百姓に従事していました。しかしある日松金以外の水田が干上がってしまうという事件が発生。

原因については様々な憶測がなされましたが、日頃から島の娘たちに人気のあった松金を妬んでいた村の青年たちは松金が水を盗んだとして松金をおとしめようという計画を進めます。

その計画が遂行される日、何も知らない松金の前に白髪の老人が現れ身の危険を告げたことから、急ぎ山中に隠れ事なきを得ることとなりました。

24歳の決断 もっと広いところへ

この事件をきっかけに、松金は自分自身のこと、将来のことを考え、島をでることを決意。

“この小島に一生を送るべきではない。この機会にもっと広い沖縄本島に渡ろう” そう心に決めて妻と弟を連れ、その日のうちに本島を目指し島を旅立ちました。

この時、真っ暗な暗闇を進む3人の前に一筋の光が差し、浜辺へと導いたという話があります。

王との出会いと別れ そして辞職

様々な村を転々としながら本島へ流れ着いた松金は、琉球王国第一尚氏王統第6代の王となる越来王子と出会い、彼の下に仕えることとなりました。この時27歳。以来、「金丸」と呼ばれるようになり、王子が王位につくと側近としてその手腕を発揮。王からの信頼も大変厚かったと言われています。

しかし王が亡くなり、その後次の代に王となった「尚徳王」は前王と違い稀に見る暴君。金丸は側近であった職を辞することとなりました。この時、金丸は54歳を迎えていました。

求められ56歳で王となった金丸

要職を辞した後、金丸は隠居生活を送っていました。しかし尚徳王が亡くなり、次の王位継承の問題が発生。この時、金丸を知る臣下たちから彼こそを王に、という声が上がり王となることが決定します。

この時56歳の金丸。自らを「尚円王」と名乗り、ここに琉球王国第二尚氏が誕生しました。尚円王が基礎を築いた琉球王国第二尚氏王統は、明治12年の廃藩置県まで19代、約410年の永きに渡り続いています。
参照下:尚円王生誕600周年サイト 尚円王

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