平成9年より東京都練馬区で開設されている農業体験農園。現在では13の体験農園があり、高倍率で入園が難しいほどの人気を博しています。
農業のことをもっとみんなに理解してもらいたい、という気持ちから、その立ち上げから関わられていたのが、体験農園「大泉 風のがっこう」を運営し、また農業を職業とされている白石好孝さん。
なぜこうした体験農園を始めたのか、そして都市型農家からみる農業への想いを語っていただくなかで、日本の農業衰退の原因がみえてきたようです。
東京だってちょっと前までは農村だった
「狩猟民族から定住型の農耕民族になって以来2000年間、米作りを生活基盤としてきた日本。第2次大戦後も、皇居の周りも畑ばかりだったんです。」とおっしゃる白石さん。東京にも最近まで非常に多くの農地が広がっていたようです。白石さんの農園の周りもたくさんの畑が広がっていましたが、ここ20年で急速に都市化、宅地化が進んだそうです。
日本の中心的な産業として農業は存在をしていましたがそれがどうして、今のような農業の危機と言われるように状態になっていったのでしょうか。
誰が食料自給率を下げている?
昨今話題になることが多い日本の食料自給率。高度経済成長とともに、次のように変遷してきました。
・1960年:80%以上(現在のドイツ並)
・1980年:50%
・現在 :40%を切る
経済成長に反比例した農業の衰退、というようにみえます。こうした状況になった理由はどこにあるのでしょうか?白石さんから次の3つの観点より問題を提起いただきました。
1.地理的条件の不利
農家あたりの平均農地面積は、アメリカが約93.6ha、オーストラリアが約420haに対し、日本は約1.6ha。山間地の多い日本は、地理的条件でも圧倒的に不利であることは確かなようです。
2.国民の農業に対するコミットメント
ドイツの農家所得は約200万円。うち補助金が100万円程度もあります。これは”景観維持”、”農業維持”が農家のためだけにあるのではなく、国と国民が非常に農業を重視しており、それらの維持に予算を割り当てることへの合意が国全体としてあるためなのです。フランスでは農家所得の8割が補助金で賄われています。日本の農家の所得平均は平成20年度で108万円ほど。特に米農家は全く儲からないという現状にあります。そうなれば、農業人口の減少は必然でしょう。
3.食料を廃棄することへの意識
現在、約2,000万トンもの食料が廃棄されていると言われています。日本の国内食料総生産量は約6,000万トン。海外からの総輸入量は約6,700万トン。つまり、国内の総生産量の実に1/3にあたる食料が廃棄されていることになります。仮に廃棄量を半減することが出来れば、輸入量は5,700万トンで足りることになるわけですから、それだけでも食料自給率は50%を上回ることになります。
3つ目のポイントを鑑みると、「このような状態にあって、日本の農業が本当に瀕死状態であると感じられますか?」という白石さんの問いかけに、消費者の立場からの農業に対するアプローチがまだまだ全然足りていない状況の改善をしていかなければならないことを感じます。
農業の衰退は流通・販売を軽視してきたツケ
市場の価格設定は、例えば
・100個欲しい人がいて、90個しかなかったら価格は2倍になる
・50個しかなかったら、3~4倍になる
といったように需給関係で成り立っています。
しかし、白石さんによると、「練馬で作ったキャベツと長野の高原キャベツでもは市場価格は異なる」そうです。これはなぜでしょう?
「市場、特に大手グループは、毎日1,000個ずつ金太郎飴のよう同じ規格のものを送ることを要求します。すると、大量生産が可能な地域のキャベツとそうでない地域のキャベツとでは買い取り価格が異なってくるのです」。白石さん自らの体験でこんなことがあったそうです。安定供給できる高原キャベツが8個で1,800円で取り扱われるなかで、練馬のキャベツは8個で100円以下と、送料にも、段ボール代にさえも見合わない価格設定を提示させられたそうです。
このように、規格を統一化し、産地間競争に勝たないと価格がつかないという非常に厳しい現実が存在するのです。
消費者と生産者の互いの理解不足が生む矛盾
「言葉では有機といっても、虫一匹ついていればクレームをつけるのが消費者。消費者の感覚とはそういうものである、というのが農家の本音であることを否めません。有機栽培は、生産者と消費者の合意があってはじめて成立するので、まだまだ日本では量が流通しないのが現状です。」と白石さんは言います。
全流通量に占める割合が0.1%といわれる有機や無農薬野菜の流通量。そして市場流通では量がないと負け組となる厳しい現実。消費者の意識と、そのニーズに応える流通システムにも日本の農業衰退の一因があるようです。
新しい農業ビジネスのコンテンツ「体験農園」
白石さんは農業をほんとうに理解してもらうためにはどうすればいいのか、試行錯誤を繰り返したなか、今の体験農園というコンテンツをみつけました。
体験農園とは、農家によって開設、運営されている農園で、栽培する作物の選定、作付け計画は、園主が行い、種、苗、肥料、資材、農具などの用意します。園主が野菜作りの講習会を開き、農園利用者には作付けから収穫までの農業体験をしてもらう、といった形態となり、行政は、農園の整備、運営する費用を助成しています。
体験農園では、年間16回の講座を開催し、畑での収穫祭、ライブや寄席等のイベントも開催して、楽しんでもらいながら農業を知ってもらう場を創っています。
客層はというと、いわゆる一般的な「市民農園」が60~70代が大半を占めるなかで、体験農園は40~60代。このように食料の消費量が比較的高い客層が関わっているのが、体験農園の特徴です。「バブル時期の贅沢といえば、○○シェフの料理だったかもしれません。しかし、今の時代は産地へのこだわりや、何より”自分でつくった農作物”を味わうことの豊かさが重視されています」と白石さんはおっしゃいます。
この体験農園には、主催者側(園主)と利用者側双方に次のようなメリットがあります。
【園主】
10アールあたり15万円収益があれば経営が成り立つなかで、体験農園なら100万円の収益も可能となる。
【利用者】
年間利用料は43,000円、1回に換算すると約3,600円であり、約80,000円の農作物の収穫がある。
農との触れ合うことで心の豊かさを求める人が多いですが、それに加えて農作物が大量に収穫でき、他のレジャーと比較してもしっかりと金銭的なメリットも享受できるかたちが、人気の秘密です。だからこそ、体験農園は、園主側と利用者側の双方にメリットを与え続け、継続的に発展していく「事業性」が備わった活動であるといえるでしょう。
特に”都会の農家”が農地という景観を維持しつつ経済的にも潤っていく上で、体験農園は注目すべき”農業の出口”であることに、間違いはないようです。都市近郊の農地の振興策として、非常におもしろい農業ビジネスといえるのではないでしょうか。
農業体験農園運営で学んだこと
白石さんはおしゃいます。
体験農園をして初めて、
・農を求める人がたくさんいること(耕したい人たちがたくさんいる)。
・農に感動があること。
・農に癒しのちからがあること。
・農民であることに誇りがもてたこと。
これらを強く感じたそうです。
代々農家だった家系。ある意味「農業から逃れられなかった」という白石さんだからこそ、苦悩し続けて出した結論の1つが、体験農園とそれを通じた人々との交流だったのです。農業を強くするには、政策が悪い、農村が閉鎖的だ、消費者がわがみだ、と互いに問題点を押し付けあっても解決は導けません。交流の場をもつこと、そこにみなが農業をより良い形にもっていこうよ、そんなコミットをもって参加することが重要なのです。