岩手県久慈市の『道の駅 やませ土風館』2階に、評判のカフェがある。スイスやフランスで料理人として活躍していたシェフ、秋山 信行(あきやま・のぶゆき)さんがオーナーシェフをつとめる『cafe de la place(カフェ・ド・ラ・プラス)』だ。
腕利きのシェフが作る地元産の食材を使った本格フレンチ、そして地元の水や牛乳を使ったコーヒーなどのドリンク。コーヒーカップには“小久慈焼き”が使われている。北岩手の魅力をフランスの絵画が飾られた洋風な店内で感じられることで、地元だけではなく観光客にも大人気だ。
久慈の地で活躍をみせる秋山さんは、神奈川県横浜市生まれのJターン移住者だ。海外への憧れを胸にスイスやフランスで料理人として活躍した秋山さんは、なぜ『地方暮らし』を選んだのだろうか。
料理と海外への夢を、27歳で実現。そして気づいた思い
子どもの頃から、料理と海外への憧れが強かった秋山さん。異文化や海外の食、洋楽などのカルチャーなど、日本とはまた違う魅力を知りながら海外への思いを膨らませていた。海外で働くことを夢に料理の腕を磨いていた秋山さんに転機が訪れたのは、27歳の時。ヨーロッパに航るチャンスを得たのだ。
スイスやフランスの様々な地域で住み込みの料理人として働き、夢を実現した秋山さん。その一方で、これまでに無い気づきを得ることになる。
「海外にいると、日本のことを聞かれることが多くて。日本の古新聞をたくさん読んでいました。離れてみると、日本が恋しくなるというか。これまで気づかなかった日本の良さを感じたんです。」
海外で触れた文化が、東北への移住を後押し。そして独立へ
5年間の海外生活を経て、秋山さんは帰国。東京のフランス料理店で働き始めた。帰国後には良縁に恵まれ、子どもも誕生。自然と、家族と過ごす時間を大切にしたい思いが日増しに大きくなっていく。
海外生活でのどかな地方で働くことが多かった秋山さんは、そんな思いの中で一つの決断をする。山形県への移住だ。
「スイスやフランスでは、“大切な人との時間を尊重する”文化があります。お金をたくさん消費して幸せになるではなく、目の前にいる家族と過ごす等身大の時間を大切にしたい。そう思った時、のどかな田舎の方が性に合うし、ゆっくり過ごせると考えました。」
山形で2年間を過ごし、秋山さんは奥さまが岩手県出身ということもあり、岩手県久慈市のレストラン『ビストロくんのこ』に新天地を求めた。その後、自分の店を持つことを考え、2009年9月には『カフェレストラン エルコリーヌ』をオープン。料理人としての腕を存分に発揮した本格フレンチで、一躍人気店となる。
地元の人気店へ成長。しかし、自然災害が襲った
しかし、順風満帆に見えた秋山さんに思わぬ災害が襲う。2016年8月の台風10号による豪雨だ。店舗は1m60cmも浸水し、新しく入れたばかりの自家製パンの製造機など高価な厨房機器が使用できなくなってしまった。そして、機器だけではなく大切なものを失ってしまったと秋山さんは回想する。
「厨房機器のことは残念でした。ですが、店内には海外で買った本など思いの詰まったものもあって。それに、お店は家族が集う場でもありました。まだ小さな子どもが店を手伝ってくれた、そんなかけがえのない思い出もたくさんありましたから……」
家族との時間を大切にしたい思いで、東北へ移住した秋山さん。独立してオープンしたレストランでは家族が集い、子どもたちが手伝いお客さんに褒めてもらう……微笑ましく、そして貴重な“職育”の場にもなっていた。
秋山さんは、もう1度この場所でお店を立て直して再開させることも考えた。しかし、借金を重ねてまたお店を再開することには、家族への申し訳なさから葛藤したという。そして、「もしまた、災害が起こってしまったら……」と不安もぬぐい切れなかった。
店の再開は諦めよう。秋山さんは、店の再開を断念した。