奈良県東吉野村の小さな橋を渡り、杉並木を抜けたところに佇むお洒落な古民家。青木真兵さん・海青子さんご夫妻が自宅の一部を開放して営む、「人文系私設図書館Lucha Libro(ルチャ・リブロ)」だ。
移住の補助やクリエイターの誘致を積極的に行っている東吉野村で、一風変わった「発信基地」として展開している。
奈良県東吉野村の私設図書館「ルチャ・リブロ」
ルチャ・リブロのホームページには、このような説明がある。
人文系私設図書館ルチャ・リブロは、図書館、パブリック・スペース、研究センターなどを内包する、大げさにいえば「人文知の拠点」です。(中略)はじまりに立ち戻るような、そしてその始点自体が拠って立つところも疑問視するような、そんなところです。
青木さんがこうしたコンセプトで私設図書館を開設するに至った経緯には、学術的興味、社会の情勢、そして人とのつながりがあった。
歴史学・考古学への興味
埼玉県出身で、中学生の頃からエジプト文明や古代地中海などに興味があったと話す青木さん。大学では歴史学科で考古学を専攻した。
サークルに入って、時期が来たら就活をして、という大学生ではなくて、今や未来のことよりも、昔はどうだったのか、に興味がありました。
もっと研究したいという純粋な興味から、恩師の出身校である関西大学の大学院への進学を決意。研究の過程で、後に図書館の開設に協力してくれることと
なる哲学研究者の内田樹氏、そして妻・海青子さんと出会う。
東日本大震災で感じたこと
大学院博士課程を終え、大学の非常勤講師を始めて間もない頃、「ルチャ・リブロ」開設のきっかけとなる大きな出来事があった。2011年3月11日に起こった、東日本大震災だ。
地震に関する報道に、すごく不信感を抱きました。何を信じたらいいのか分からない、このような状況で本当にいいのかと思ってしまいました。
その時、スポンサーがいなくても自分が発信できる場所を持ちたいと考え、インターネットラジオを始めました。更に実際の拠点も持ちたいと思ったのですが、都会だと家賃も高くて難しい。であれば、地方だと空き家もあるし、自分たちの思うことができるのではないか、と。
こうして、地方での空き家探しを始める事となる。
東吉野との出会い
そんな折、東吉野オフィスキャンプという、クリエイターたちが集まるシェアオフィスの話を聞き、東吉野を訪れた。
東吉野に興味を持って、2週間に1回くらい通うようになりました。そのうちに、空き家があることを聞き、役場の方が紹介してくださった1件目が、ここでした。
私設図書館の開設
東日本大震災以来、自身の「情報発信の拠点」を何にするかと考える中で、「図書館ならできる」と思い至った青木さん。
妻はもともと大学図書館で司書をしていて、僕もダンボールに入った本がたくさんありました。図書館だったらできるな、と。
そして役場の方に空き家を見せてもらったとき、ここにしようと即決した。
橋を渡ってすぐ右手に、天誅組の総裁・吉村寅太郎さんのお墓があって。歴史好きにはワクワクする、すごいロケーションだなと。そして建物も、見せてもらった時にすでに板間ができていて、「図書館ができる」と思い、すぐに借りたい旨を伝えました。
改装費用の半額は、東吉野村の補助金により賄うことができ、恩師の内田氏の助けもあり、図書館の開設に至る。2016年4月のことだ。
地方にこそ文化的拠点を
「地方にこそ文化的拠点があるべきだ」と考えている青木さん。
図書館をやろうと思った頃、丁度、「地方の大学には、お金にならない文学部はいらない」と世間で言われていた時期でした。ですが、地方にこそそういうものが必要だという思いがありました。
定期的に「土着人類学研究会」という集まりを開き、図書館としてだけでなく研究施設としても、「ルチャ・リブロ」を機能させている。
文化の発信拠点
また、学術だけが文化ではない。「オムライスラヂオ」という名前の番組を自ら制作し、週に1回40分ほどの配信を行うなど、枠にとらわれない活動を展開している。
「偏った」図書館
「ルチャ・リブロ」は、図書館の在り方自体を問い直すような、図書館でもある。そもそも図書館というのは、人の集まるところに建てるはずである。
もともと、人が集まるところには興味が無くて。ここまでわざわざ足を運んでくれる人、来たいと思ってくれる人とつながりたいと思ったんです。そういう人たちとなら、この先10年20年、付き合っていけるのではないか。不安定な世の中で、そういう人間関係こそが大切だと思うんです。だからあえて、人のいないところに図書館という発信基地を作りました。
共有するということ
蔵書は歴史や文学、思想、サブカルチャーといった人文系の本を中心にしている。青木さんの「好きな本、共有したい本」だ。
自分たちが持っているもの、家、本を、自分たちだけのために使うことの無益さを感じたんです。
戦後、人と共有することばかりだった社会は復興とともに壁を作るようになったが、現代に至り、その個人を分ける壁が過剰だと感じる人が、また共有したいと思いはじめた。それが地方移住の感覚なのかもしれない、と青木さんは言う。
10年先、20年先の人の循環を生み出す
お互いに興味を持ち合って、足を運ぶ。そういう人たちと、10年先、20年先につながる関係がつくれたらと、青木さんは話す。
同じような考えを持って地方に展開している書店やカフェの方々とも連携しつつ、街に住む人たちも含め、人と人とを結びつける循環を生み出したいと考えています。
次へ、次へとすごいスピードで情報が錯綜する世の中で、はじまりに立ち戻るというコンセプトで文化を発信する「ルチャ・リブロ」。都会の喧騒から離れた穏やかな東吉野の山中で、青木さんの独自の挑戦はこれからも続く。
取材:大垣知哉 文:伊藤梢