
エーゼロ株式会社の但馬武さん(左)と地域プロデューサーの齋藤潤一さん(右)
大手アウトドアメーカー「パタゴニア」といえば、どのようなイメージをお持ちでしょうか。機能的な製品のイメージと共に、環境保護に向けた取り組みを積極的に行っている企業としても知られているでしょう。
20年間パタゴニアで働き、その後、昨年から岡山県西粟倉村のローカルベンチャーの雄として知られる、エーゼロ株式会社に入社し、「愛される企業や地域になるために必要なこと」を考え続け、現場と一緒に取り組んでいるのが、但馬武さんです。
聞き手は、全国各地で起業家育成や仕事づくりを行う地域プロデューサーの齋藤潤一さん。
二人の対談テーマは、「愛され必要とされる企業をつくるために大切なこと」。研究を続ける中で見えてきたことに迫ります。
愛される企業とそうではない企業との、1%の差
齋藤 :
但馬さんはエーゼロとして地域に関わる以前より、愛される企業になるための研究を続けています。但馬さんが考える「愛され必要とされる企業をつくるために大切なこと」はなんですか?
但馬:
私はこの2年ほど「『愛される企業になる』ためには?」というテーマにとても興味を持ち調べてきました。
この1年近く地域でのお仕事をさせていただいていますが、愛される企業になることと、愛される地域になること、ここに通じるものがあると思っています。
企業については、私自身がパタゴニアで20年近く勤務してきたので、創設者であるイヴォン・シュイナードにとても影響を受けています。彼の著書『社員をサーフィンにいかせよう』にも出てくる話に、
「人間とねずみのDNAは1%しか違わない。パタゴニアのような企業と、パタゴニアの違いも1%ではないだろうか。パタゴニアにも他の企業と同様に、広報があるし人事があるし営業があれば総務もある。その1%の違いでパタゴニアにもなるし普通の企業になる」
というのがあります。
これについてイヴォンに会った際「1%を一言でいうと何ですか?」と聞いたら「それを伝えるためにあの本を書いたんだ」と。
自分でもこの4年ほどパタゴニアでの経験を糧に、パタゴニアのようにしっかりと事業収益を上げながらも社会的なメッセージを出す会社を育てたいと思い、いろいろな企業の手伝いをしてきました。しかしながら、なかなか再現することは難しいというのが率直な感想です。
「なんでそうなるんだろう」って思いましたね。
1%は、長くパタゴニアで勤務した者としてはうまく言語化できていないのですが、肌でわかるものがあります。それをどうにか言語化しようと試みてきたのですが、試行錯誤するなかでわかったこととしては、日米による文化の違いによるものが多いです。
経営理念やビジョンを中心に進めていく企業作りのありかたは、アメリカの根底に流れる文化があって、とても有効なのではないかと。
そこで考えたのが、僕が、パタゴニアで学んできたオフィスに入った時の雰囲気とか、上司と部下の関係とか、企業の理念やビジョン、肌で感じたものもあるし言語化できるものもありますが、これらはアメリカのやり方でもあるということでした。
愛される企業には、社会への存在意義がある
但馬:
そもそもその1%とは企業の経営理念であると考え展開してきたのですが、文化の差による再現可能性の難しさを感じ、企業の具体事例からの研究をするために、「愛され必要とされる企業になる瞬間」という勉強会を始めました。
この勉強会では、先代から企業経営を引き継ぎ、その代になった後に急速に売上が改善した企業経営者をお呼びして、「愛される企業」になった要因を、その人の人生を聞きながら抽出しています。
かれこれ2年近く実施するなかで、いくつかの要因が見えてきました。いろいろな異論もあるのですが、まずは結局のところ、愛される企業とは人を魅了する会社の存在意義があり、大事な要因であることです。
ミッションの設定の重要性
齋藤:
それは本当に共感できます。今僕が関わっている新富町の「こゆ財団」という特産品の商品開発や販路開拓を行う財団があるんですが、今年1粒1000円の国産生ライチのブランド化で大きく売上を向上させることができました。
僕も1番最初にやったことが、会社の存在意義=ビジョンやミッションの確定です。
「強い地域経済をつくろう」というミッションを最初にたてて、その為の行動指針として高速PDCA。ビジョンとしては、持続可能なまちづくりというような形です。チームメンバーがアメーバー的に有機的に動いてくれて大きな結果をだしてくれました。もちろん中には問題もありますが、それぞれが自分で考え、自分で動いてくれます。
但馬:
実は、ビジョンやミッションについては少し迷いもあり、それらは従業員を束縛する道具だ、と言う経営者の方もいらっしゃいます。
ただ、僕自身はビジョン、ミッション、そして大事な価値観であるコアバリューがとても上手く機能している企業で20年間働いてきたので、苦手意識が少ないです。やり方があるなあと。
ビジョンやミッションは必要ないという経営者の中にも、コアバリューは大事だとおっしゃっる方もいます。例えばクルミドコーヒーを経営されている影山さんにお話を伺ったことがあるのですが、コアバリューをとても大事にされているそうです。
ただ明文化されているわけではなく、毎週行う全スタッフとのミーティング、つまり年間52回の場で、話し合われることが全員共通の価値観になるそうです。
ビジョンやミッションには凶器としての側面もある
但馬:
ビジョンやミッションは放っておくと、誰かを傷つける道具にもなることも忘れてはいけません。料理をする道具にもなる包丁と同じで、使い方しだいで凶器になる。
1番大事だと思うのは、ビジョンやミッションを扱う人々のキャラクターです。特に一番大事なのは経営者で、これまで勉強会にお呼びした企業経営者は、全員素晴らしく、優しい魅力あふれる人格者でした。
ただ、そのような経営者しか「愛される企業」をつくれない、というのは悔しいです。ぼくがつくることができなくなるので(笑)。おそらく優れた経営者がいても「愛される企業」になっていないケースもあるはずで、今後はこちらも研究していってみたいです。
勉強会を続けて思ったのは、自分の使命のひとつとして、そういう経営者になりたいと願う人々が集うコミュニティーをつくり、伴走する役割を担ってみたいと思っています。
齋藤:
ビジョンやミッションが人を苦しめるという点ですが、これは実体験があって、僕も一度自分のミッションによって苦しくて、パンクしそうになっていました。
自分のミッションに、「ソーシャルビジネスで持続可能な地域をつくる」というものがあります。進めば進むほど距離を感じて、それを一人で抱え込んでしまい、オーバーキャパシティで仕事を受けてしまって苦しかったんですね。
ビジョンやミッションには「ゆらぎ」や「余白」が必要で、あまりにも決めすぎちゃうと皆それで苦しんでしまうし、イノベーションも起きないと今は考えています。
それからもうひとつ大切なのは「対話」。
先程の、スタッフ全員とのディスカッションのように、こゆ財団でも毎朝10分トークというのをやっているのですが、ものすごく効果がでていると思います。
人の魅力が、地域の個性になる
但馬:
お話したように、愛される企業になるプロセスは、それを地域に置き換えた場合、似ている部分が多くあると思ってます。
愛される地域づくり、といったとき、「地域」とはなんなのか。魅力ある地域を皆さまと一緒につくっていきたいのですが、難しいのは企業以上に、地域とはキャラクター=個性がなく掴みどころのない存在なんですよね。それを構成する人たちが、どう生きておられ、生きていくのかという方向性で地域のキャラクターが決まる。
いまお手伝いさせていただいている北海道の厚真町は、とても素晴らしい魅力ある人々がそこにいらっしゃいます。そこで動く人、働く人が行動しその積み重ねが町のユニークな個性になっていく。その意味でもエーゼロが進めるローカルベンチャーや町の皆さまと進めていくプログラムはとても大事だと思っており、身が引き締まる思いです。
そう考えると、いま齋藤さんがおっしゃったように、新富町という人格がない中で、こゆ財団の人たちが活動をしていくことで、それが広がり、いつか魅力ある地域の個性になっていきますよね。
齋藤:
ビジョンやミッションは、愛され必要とされる企業になるために重要な要素の1つになるけれど、それは時として凶器になる。
だからこそビジョンやミッションを取り扱う経営者の人格が必要である、ということですね。大変勉強になりました。地域にもどんどん取り込んでいけるといいですね!
プロフィール:但馬武
パタゴニアに昨年まで約20年勤務。ダイレクトマーケティングや顧客エンゲージメント戦略推進を担当。勤務の傍ら「ビジネスを通じて社会を変える」ことを理念に、企業と顧客とのエンゲージメント戦略を立案・推進し、企業変革をサポート。また、欲しい未来を創りたいNPOやソーシャルビジネスを展開する人々が集うコミュニティー「home」を運営。2017年1月から岡山県西粟倉村に本社を置くエーゼロ株式会社に参画。