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高2で学校辞めて整体で起業した23歳。一歩踏み出せたのは「自分への投資」に裏付けられた「自信」。

高2で学校辞めて整体で起業した23歳。一歩踏み出せたのは「自分への投資」に裏付けられた「自信」。

    CATEGORY: AREA:宮崎県

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こんにちは、公務員ライターのシュガーです。

「働き方改革」なんて言われて、さまざまな場所で、どうやったら企業の生産性が上がるかとか、どうやったら労働者のやる気が上がるかなど議論が行われています。

そんな中、Forbesが掲載した「日本を面白くするイノベーティブシティの」トップ10に、宮崎県の中から2つの自治体が選ばれています。

でもそんな宮崎県は最低賃金は全国から2番目の低さだし、年収も全国的にも下から数えたほうが早いし。そんな状況。

それでもこうやってイノベーティブな街として選ばれてます。

選ばれた日南市と宮崎市は露出がプレイヤーが多くて活動も多く、目立ちますが宮崎県の他の自治体にも面白い人や、唯一無二の資源を持っている地域があって、それを活かそうとする地域プレイヤーが数多く存在しているのを感じています。

そんな宮崎県をもっと深掘りしたら、日本の地域のロールモデルになる所が多いのではないかと思っていて、

今回は、その宮崎市で整体師として起業して、自分に投資して技術を会得して、ちゃんと稼ぎに変えて、宮崎の人に還元して盛り上げたい、本当に悲鳴を上げている人を助けたいと起業した23歳の整体師、川島悠希さんを取材しました。

宮崎市生まれ、高校2年で退学し、単身福岡で整体の技術を学ぶ。地元テレビ局などにも取り上げられるなど実績を伸ばし、1年前に宮崎市で「整体KAWASHIMA」を開業。現在は2ヶ月待ちで予約が取れない人気のお店となっている。

高校生の頃は夢もなくゲームばっかり。でも、あるきっかけで速攻退学、整体の道へ

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まず、なんで整体を目指そうと思ったか教えてください。

「最初、というか高校生の頃とか本当にダラダラしてて学校も行かないで家でゲームとかばかりしてるようなやつだったんです。」

今とは全然違いますね 笑

そうなんです。でも、部活のバドミントンだけは楽しくてしっかり練習してましたね。それでもやっぱり勉強とかはダラダラで、めんどくさいくて。でもそんな僕でも何かで人に貢献したい思いは高校生の頃からありました。でも、それがなにを通じてしたらいいかがわからなくて、とりあえずそのまま部活だけは一生懸命やっていました。」

バドミントンの成績はどんな感じだったんです??

「はい、一応、高校から競技を始めて、最後の大会は全国大会の団体選メンバーでした。だからハマるとすごいんです。笑
そんなとき部活のメンバーが、体のメンテナンスで整体に行ってるのを聞きました。あーそうやってみんな体の調整してるんだと、思って僕も行ってみたんですよ。当時の僕は猫背がひどくて、息をするのが苦しいくらい猫背だったんです。でも、そのときに福岡の整体の先生に5分で、その猫背を直してもらったんです。」
そこから、整体すげぇ!!!って速攻で高校辞めて、福岡に行って修行をスタートしました。

いろいろツッコミたいけど、とりあえずそれで速攻で高校やめて福岡に行ったんですか!?

「はい、高校2年の冬でしたけど、これや!と思って辞めました。笑
業界自体は年齢とか関係なく経験積んだもん勝ちやと思って思い切りました。」

思い切り過ぎや・・・

「でも、今考えるとあの時に辞めたのは最大の正解でした。」

起業しようとかっていうのはその頃から気持ちはあったんでですか?

「起業自体は最初は考えていなくて21才の頃から思い始めました。」

あ、じゃあ宮崎で起業も最初は考えてなかった?

そうですね、いろいろあって考えた結果で宮崎になりました。

でも僕、起業とかしてますけど、一回速攻整体師の道を諦めてるんですよ。
これは何がどの筋肉とかわからんわ、こんなんできんわって 笑

もうなんか自由すぎる・・・笑

「そこから少し方向変えてリラクゼーションのマッサージサロンのお店で働き始めました。そしたら、リラクゼーションの方を極めようと思い始めてきて・・・どうやったら人の体が癒やされるのか、筋肉がほぐれたりするのかに興味が出始めて、そこからまた勉強をはじめました。めっちゃ勉強してセミナーとかで自己投資もして、そのときのお店で成績が1位になりました。月に80人くらいから指名されていましたね。」

起伏がすごい。

「そこから自信がついてきてました。セミナーで教えてもらった技術とかで、いままで改善させる事が出来なかった患者さんの治療も行えるようになったりして、自信がついてきて、その辺でこれは行けるわって起業を選びました。」

あ、そこでやっと還元できる場所ができたんですね。

「そうですね、はじめは福岡で起業を考えていたんですが、いろいろ段取りしてる中で、やっぱ宮崎にこの技術を広めていろんな人を治療したいと思えて来ました。」

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高校の頃からの夢達成の瞬間ですね!今、予約も2ヶ月待ちって聞きましたけど、はじめから絶好長だったんですか??

「いや、はじめは全然お客さん来なくて、めっちゃ暇でした。正直店たたもうかと思いました 笑」

まじっすか笑 でも、どこでこんなに変わったんですか?

「Instagramで情報発信を始めたのと、産後の骨盤矯正の技術を入れ始めたくらいでしょうか?」

やっぱり情報発信大事ですね。宮崎で起業してよかったですか?

「めっちゃ良かったです、いい人多いし、本物の治療を求めている人も多くて自分の腕が活かせてる実感もあってすごく良かったです。

起業するって怖くなかったですか?

「いや、怖かったですね。」

開業するときのネックになる部分って、やっぱりお金ですか?

「開業資金というより、気持ちの部分じゃないでしょうか。やっぱ最初は人がくるかなとか、稼いでいけるかなとか怖くて。それが払拭できるまでは怖いですよね。でも、その分セミナー参加や治療の勉強にも投資をしていたので、それが自信になっていたかなと。それで前に進めましたね・」

やっぱり気持ちをどう一歩踏み出す所まで持っていけるかですよね。

「そうですね。それに、セミナーとかでは『行動以外は無価値』って考えの方々から教えを請うてるので」

めっちゃストイックで笑った 笑

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次回「【起業】月の勉強代は70万。23歳起業家のお金に対する価値観とは【宮崎】」につづく

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取材協力 整体KAWASHIMA

記事執筆・写真 マチログライター 佐藤翔平