日本には、「宝島」があることをご存知ですか。
トカラ列島の最南端の有人島が、宝島です。
鹿児島港から366キロの所に位置し、移動手段は週2回のフェリーだけ。
それも移動するのに13時間もかかります。
島民は130人で、驚くべきことに子どもが増えているのだといいます。
今、宝島で注目されているのが本名一竹(ほんみょうかずたけ)さんです。
宝島の資源を活かした特産品開発などを行いながら、多くの実績を残し、島にビジネスの種を生み出している方です。
その背景をうかがいました。
「何か仕事を作ろう」という思いがあった
2010年に夫婦で移住しました。
Iターンで、暖かい南の方に行こうと思ったんですが、沖縄じゃないところへと思って島を巡っていました。
そんな中で、宝島に出会って、住所に「宝島」と書けるのがすてきだねと話し合って、移住を決めました。
ちょうど3ヶ月になる子どももいたんですが、仕事をやめて移住しました。
「トカラ列島宝島」という響きが良いので、商品にしたときに有利だぞと感じたのもあって、何か商品を作って、仕事を作ろうという思いがありましたね。
役場も、日本最後の秘境と言っているのですけど、それも魅力になると思いました。
本を頼りにドレッシングを開発
一番最初に作ったのは、長命草という草を乾燥させて粉末にしたものを使ったドレッシングです。
6時産業化の手引のような本を読んで、初心者はドレッシングを作れと書いてあったので、作ってみようと思ったんです。
それを鹿児島の本土の方で売る機会があり、そうしたら評判が良かったんです。
他にないから目立てたし、売上も上がりました。
「トカラ列島の特産品はブルーオーシャンだ」と思って、その本の次に書いてったジャムを作りました。
加工難度が低いということと、細くて出荷できないバナナが島にあったので、それらを使って作りました。
現在でも売れ筋商品になっています。
現在までに20種類以上作り、大コケしたものもありますが、売上は1.5倍くらいになってきています。
その背景には、役場の協力と、NPOのトカラインターフェースとの連携があります。
役場の方も気にしてくださって、いろいろ話をもってきてくれたり、販売窓口をNPOに委託しているので、作ることに集中できるという環境になっていますね。
バナナファイバーでアパレルブランドを作る挑戦!
日本で一番不便と言われるところからやっているのが面白いと思い、島の仲間と共に一般社団法人宝島を立ちあげました。
今まで全く島に存在しなかった仕事をつくりたいと思っています。
宝島には、農産品加工も、水産品加工も今までは存在しませんでした。
島には売店がひとつあるだけで、他にはお店はありません。
今年は、飲食店を作ります。トカラ全島で唯一のお店です。
その他にも、バナナ繊維の研究開発をおこなって、アパレル事業もおこなっています。
特産品のバナナから繊維を抽出して、製糸しています。
もちろん島にはなかった仕事ですし、日本中の島を探しても、こんな仕事はないかもしれません。
きっかけは、100年前に島で作られた芭蕉布を発見したことです。
これを研究して、加工資源にしようと動きだしました。
バナナ繊維を使った帽子を「かごしまの新特産品コンクール」に出したところ、入賞したんです。
これは良い機会だぞと考えて、島の産業にしようと資金を集めを行ったりしながら進めています。
島に仕事の多様性を作ることで人の多様性につなげていく
東京は色々な仕事をしている人がいますよね。
でも島には、仕事の多様性がないんです。
仕事の多様性が増えると、仕事の幅が広がって、例えばデザイナーが移住できたり、カフェをしたい人とか、パンやケーキの職人さんも移住できるかもしれない。
今まで来れなかった人が、島に来れるようになるんです。
自分は移住をした時に、「一次産業に力をいれない」と言ったんです。
そうしたら、「お前のような人間は移住してもやっていけない」と言われたんです。
そう言った島の人は、今では一緒に水産加工をしていて、自分に魚の加工方法を教えてくれる師匠になっています。
「お前がうまくいけば、もっと色々な人間が島で暮らせるようになる」と言って応援してくれる存在になりました。
仕事の幅が、人の幅になって、色々な人達がこれるような島になればと思います。
例えば、バナナファイバーの研究は、まだまだ赤字事業です。
素人ばかりが、いきなりアパレルを、しかも糸から作っているんです。
場所は、日本最高の僻地。
そりゃあなかなか黒字化しませんよね。
でも、今はそれでいいんです。
「離島でアパレル産業」って聞くだけで「ありえない」と思うじゃないですか。
でも、「ありえない」ことをするから、「ありえない人材」が来てくれるんです。
宝島には、そんな魅力が絶対にあるんです。