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記念日にもなっている忠臣蔵「討ち入りの日」! 赤穂浪士の故郷に残る史跡・赤穂城がすごい

12月14日は「討ち入りの日」。忠臣蔵で有名な赤穂浪士47士にまつわる記念日です。赤穂藩に残る史跡・赤穂城についてまとめてみました。

討ち入りの日って?

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1702年、赤穂浪士が吉良邸へ討ち入りしたのが12月14日。切腹させられた赤穂藩第3代藩主・浅野内匠頭に代わり、大石内蔵助をはじめとした家臣47人が吉良邸へ討ち入って吉良上野介を殺害。

この事件を元にした人形浄瑠璃や歌舞伎による「忠臣蔵」で後の世にも広く知られるようになり、12月14日は「討ち入りの日」とされています。
参照元:日本記念日協会

赤穂浪士47士の故郷・播磨国赤穂藩

赤穂藩があったのは播磨国、現在の兵庫県にあたります。赤穂藩の歴代藩主は池田家→浅野家→永井家→森家と移り変わり、赤穂藩の史跡として、国指定文化財・赤穂城が残っています。
参照元:赤穂市教育委員会

時代に逆流! 軍学者・山鹿素行も設計にたずさわった戦闘用城郭「赤穂城」

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赤穂城は1648年から13年以上にわたる歳月をかけて1661年に完成した城。

江戸時代に建てられた城の中では新しい部類に入り、徳川幕府が始まって50年という平穏な時代に築かれたにも関わらず、その城郭は戦を意識し、軍学に従って建てられました。

二の丸枡形虎口付近は山鹿流兵法の祖である山鹿素行が設計変更したと伝えられ、随所に他の城郭には見られない特殊な設計を見ることができます。

現在の赤穂城

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昭和3年には本丸内に赤穂中学校が建てられますが、昭和27年年公園の計画が決定。昭和46年に国史跡に指定され、現在の姿へと整備されました。

平成14年には旧赤穂庭園 (本丸庭園・ニ之丸庭園)が国名勝にも指定されています。

赤穂城跡:兵庫県赤穂市加里屋1278

参照元:赤穂城跡

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