「地域密着」という落とし穴
地域の観光を考える上で、私たちが一番大事にしているのは「物語」です。地域の歴史や伝統、文化といった物語と、どれだけ一体化したコンテンツができるかがとても重要です。
物語を発信するのに、地域の歴史や哲学など、地域密着の姿勢はもちろん欠かせません。ところが、この地域密着の姿勢を勘違いしてしまうと、なんでもかんでも地域のものを優先で考えてしまい、お客様視点が欠如。結果的にサービスの質が落ちてしまうという事態に陥ります。
お茶の心を満喫できる宿「茶心(ちゃしん)」はじめました
2019年4月27日、宮崎県新富町で開業の準備が進められてきたお茶の心を満喫できる民泊「茶心」の完成お披露目会を開催しました。(トップ画像は外観)
民泊「茶心」
「茶心」は、新富町の特産品であるお茶の心を満喫できる宿をコンセプトとしてスタートしました。特徴は、20畳の瞑想ルーム。新富町には、ANA国際線ファーストクラスにも採用されたお茶をつくる「新緑園」さんがあり、そのお茶の魅力と精神を体験できる場所として、「新緑園」のご協力もいただきながら、その「物語」を発信しています。
ブランドづくりに大切な3つの要素とは。
地域づくりで大切のは、物語だけではありません。物語(ストーリー)に加えて、哲学(フィロソフィー)歴史(ヒストリー)も大切です。
物語(ストーリー)
例えば、茶心でいうと、宿から徒歩3分ほどのところにある日本茶専門店の新緑園さんが毎年実施している全国茶品評会出品用のお茶摘みを開催しています。近隣はもちろん、遠くは大分県から訪れた熱心なファンを含む、約180名ものボランティアが集まっていました。「茶心」にも、手摘みを終えた方々が足を運んでくださっていました。この地域を巻き込んだ動きは1つの物語にもなります。
哲学(フィロソフィー)
地域ブランドづくりで大切なのは、たった1つでいいので、「オンリーワンナンバーワン」のサービスををつくることが大切です。茶心だと「20畳の瞑想ルームをもったお茶の心を満喫できる宿」が一つの売りです。おそらく世界中探してもこのような宿は存在しないでしょう。そしてお泊りになられたお客様にも大満足いただいています。この世界観を表現するために、家具などにもこだわりぬいています。「地方だからまぁいいかぁ」では、だめなのです。地方こそ世界最高のサービスをつくることができるのです。
歴史(ヒストリー)
歴史というはどこの町にもあり、そして使うのが無料だというのが一つの武器でしょう。歴史が浅い、歴史が薄いという地域においては、例えば創業XX年のラーメン屋というのも立派な歴史を語る観光資源になります。
民泊の価値を高める方法
宿は、土産販売や飲食といったファシリティとくらべて、滞在時間が長いです。お土産はいろいろ選んだとしても10〜20分程度、飲食は60分〜90分といったところでしょう。その点、宿には半日〜1日という時間を費やします。宿は、地域の観光を考える上での重要な拠点といえます。
では、宿の価値を高めるにはどうすればいいか。
それは、宿だけで完結しようとしないことです。
「茶心」から車で15分程度のエリアには、日本遺産認定の新田原古墳群や、映画の舞台にもなった神楽が受け継がれている新田神社があります。おいしい鰻の専門店や、そばのお店、地採れの野菜が味わえるカフェなども点在していますし、隣町の西都市には同じ4月に源泉掛け流し温泉「妻湯」がオープンしました。こちらへも、車で15分です。
「茶心」の中には高級レストランや温泉はありませんが、「茶心」を利用されるお客様にとっては、町の施設すべてが「茶心」のファシリティ(施設)といえるものです。車で15分以内というコンパクトなエリアの中に、古墳とカフェや神楽の神社があるという施設は、東京では不可能といってよいでしょう。町全体を施設と考え、随所にアクティビティをつくってお金を落としてもらうことができれば、町の評価が高まるだけでなく、宿の評価にも反映されます。
「いやいや、わが町の宿の周辺に、そんな理想的な環境はないですよ」と思っている方に、「茶心」のことをもう少しお伝えしましょう。
「茶心」は、夜になるとものすごく静かになります。あたりは真っ暗です。聞こえるのは虫の声ぐらい。ただただ静かに、自分自身と向き合うしかない時間が横たわります。
世界中のビジネスパーソンがいま積極的に取り組んでいるのがマインドフルネス。みな、自分自身と向き合うための時間と空間を求めていて、高いお金を払ってでも欲しいと思っています。
サービスの質は落とさない。
茶心では、細部までこだわりぬいています。お金で解決するのではなく、茶心スタッフの細かい対応でお客様にご満足いただけるようサービスの質を高めています。
お客様が求めているのは、非日常サービスです。ありきたりのどこでも感じれるサービスは求めていません。「茶心」は、お茶の心が満喫できる宿という存在そのものが非日常ではありますが、お茶やお米に地元新富町産の最高級の食材を用いる一方、家具には、「禅・シンプルさを感じるデザイン」で訪日外国人の評価が高い無印良品の製品を採用して、表現しています。工務店さんも、品質の高さに加えて一緒に話し合いながらつくれる事業所様を選択していて、地域優先と言う考え方はありません。サービスの質を高め続けることを第一に考えて創り続けています
サービスの質はさげてはならない。「地域密着」という落とし穴にハマらないための鉄則です。観光はもちろんですが、すべての商品・サービスに言えることだと思います。
ブランドの価値を守りながら攻める
地域密着という考え方について、もう少しお話しましょう。
新富町では20年前から大切に育てられてきたライチがあります。国産わずか1%の貴重なこの果実について、私たちは生産者さんとの協力のもとで「新富ライチ」としてブランド化。1粒1,000円の高級贈答品として、市場を開拓しました。
ありがたいことに、東京・銀座で高級フルーツを扱うカフェでケーキとパフェの食材に採用されたり、広尾の高級割烹店でも採用されるなど、その希少価値に可能性を見出してくださる方々とのマッチングが成立。ブランド化から3シーズン目となる2019年も、予約でほとんどが完売するなど好評を博しています。
その一方で、「地域の特産品だというけれど食べたことがない」「食べたいのに高すぎる」といった地域の声も聞かれるようになりました。東京圏を中心とする富裕層を顧客とするブランドですが、地域の人にも愛されるものを…と考えると、少し安い価格で地元の直売所にも流通させようという考えが湧いてきます。
ここが落とし穴です。