「農業をしてみたい。けれど、自分には田舎がないし、何より生活していけるか心配だ。栽培方法の勉強もしたい。」そう思っている人には、熊本県天草市で新規就農した若手農業者のケースが参考になるかもしれない。一人で12種類以上の柑橘類を栽培している中垣貴瑛さん(30)にお話をうかがった。
青年就農給付金制度を活用し新規就農を目指す
2015年に中垣さんは、熊本県天草市の『光自然農法園』に新規就農の研修生としてやって来た。福岡県久留米市の出身の中垣さんには、天草に親類や古くからの友人はいない。
移住前は、航空自衛隊の通信整備員だった中垣さん。天草に興味を持ったきっかけは、農産物の産地直送便だったという。以前、日本全国から農産品を取り寄せて楽しんでいた際に、天草の柑橘と出会った。これまで食べたことがないような印象的な味。それが光自然農法園のものだった。いつか行ってみたいと思い、北九州市への赴任中に天草を訪れたことが転機となった。
そんな中垣さんが農業を始める際、生活の心配をせずに済んだのは政府主導の「青年就農給付金」という制度のおかけだ。この事業は、将来独立を目指して農業技術を習得したいと考えている人に向けたのもので、45歳未満の人が利用できる。この給付金は、研修期間中の2年間に年150万円の支援が出る。その一方で、研修終了後に就農しなかった場合には返還することが条件だ。
研修生としての移住後、わずか9カ月で後継者に
光自然農法園では12種類の柑橘類を少量ずつ生産している。農薬や化学肥料を使用せず、肥料は主に腐葉土を使う。いわゆる自然栽培と呼ばれる農法だ。天草の柑橘に魅せられ、研修生として天草にやって来た中垣さん。
しかし、わずか9カ月目に転機が訪れる。先代の園主が亡くなったのだ。後継者がいない光自然農法園は中垣さんが引き継ぐことになった。まだ経験の少ない中垣さん。どんな工夫を行っているのだろうか。
自社サイトのほか複数のメディアを活用した集客法
光自然農法園は、JAには出荷せずすべて独自の販路で売っている。そのせいもあって、中垣さんは自社サイトのほか複数のSNSも使いこなして幅広くPRを行う。
「どんなにいいものを作っても、存在を知られていなければこの世に存在していないのと同じ」
そう考える中垣さんは日々、いろいろなアカウントをフォローしてやり方を学びながら、自らの集客方法に生かしている。単純に投稿の数を増やすだけでなく、どうすればリツイートしてもらえる投稿になるかを考えているという。また、SNSだけでなく市のふるさと納税制度も活用している。実際に、ふるさと納税の返礼品をきっかけに購入につながる人も多いそうだ。
補助金の支給期間はチャレンジ期間
工夫しているのは集客方法だけではない。心構えの面でもひと味違うようだ。国の基幹産業である一次産業は、他の産業と比べて多くの補助金や給付金制度がある。ところが、補助金を頼みにしている人の中には給付期間が終了すると生活に困ってしまう人もいる。
中垣さんは補助金を生活費ではなく、投資に回せるようにすることを心がけている。補助金という安定材料があるうちに、次につながる行動にどんどんチャレンジしていくようにしているという。そんな中垣さんに、仕事の力配分はどのようにしているのかを聞いてみた。
「農法4:売り方6」だと思っています。売り方に比重が大きいのを意外に思うかもしれませんが、農家も商売人です。さまざまな社会情勢の中でJAの力不足を感じています。商売をやっているという意識がないと、生き残っていくのは厳しいのではないでしょうか。僕は顧客づくりは友達づくりに似ていると思います。直接やりとりできる人を増やそうと思って、いろんなツールを使っています。
田舎での生活とビジネスをうまく回していくコツ
中垣さんが売り方を研究しているのも、物々交換が基本の農村部ではモノが売れないからだ。せっかくこだわった作り方をしても、地方にはそこに価値を見出す人は少ない。そのため、顧客の大半は域外だ。商売のことだけを考えるなら、地域と交流しなくても生きていけそうにも思えるが、それについてはどう考えるのだろうか。
コミュニティが小さい田舎では地域はないがしろにできません。特に農業は、一人ではできない作業もあるので自分から輪に入っていくことも必要です。ただ、僕は溶け込んでも染まる必要はないと思っています。せっかく移住したのに帰ってしまう人は、そこのところがうまく行かなかったのではないかと。行政は「とりあえず来て、農業やって」というスタンスですが、それが問題ですよね。本来、行政の役割は考え方を伝える場を作ることだと思います。
地方の就農は可能性に満ちている
今後、中垣さんの園地では通年で収穫できる作物に徐々に切り替えをしていくという。年間を通して安定的な収入を得ることが目的だ。
農林水産省の統計によると、2018年の農業人口は175万人。そのうち65歳以上は120万で、約7割は高齢者となっている。あと数年すると、日本の農業環境は相当悪くなるだろう。新規就農希望者が後継者のいない農地を引き継ぐことは一縷の希望になるだろうか。
今後、農業がどうなっていくかは未知数だ。しかし、農業に参入してみたいと考える若い世代にとって地方での就農は可能性に満ちているといえるかもしれない。