人口約8万人。本土と橋で繋がっている離島自治体の中では最も人口の多い、熊本県天草市。
そんな天草市で、小さな子どもを持つ保護者の間で話題になっている保育園がある。天草市下浦町にある「たからじま保育園」だ。
なぜ、子どもが年々減少する天草にUターンし、認可外保育園を開設したのか。松岡さん夫婦にお話をうかがった。
地方でしかできない保育園をつくる
松岡佳春さん(39)と妻の智尋さん(36)は、熊本市内から家族で天草市にUターンしてから今年で5年目を迎える。夫婦が運営しているのは古民家をリフォームした認可外の保育園「たからじま保育園」だ。
この保育園の特徴は、天草の豊かな自然を生かした活動を中心にしていること。ツリーハウスを作ったり、いかだを作って海で海賊ごっこをしたり、焚火をするなど一般的な保育園とはかなり異なる性格を持つ。「認可外だからこそできることだ。」と、佳春さんは笑う。
10年思い続けた保育園づくり
佳春さんは熊本市内の幼稚園で4年、認可外保育園で10年の保育士経験を持つベテラン。
高校を卒業後、専門学校に通うため生まれ育った天草を出て熊本市内に引っ越した。幼い頃から身の回りにあるもので遊びを作り出し、子どもと遊ぶのが大好きだった。そんな佳春さんが保育士を目指したのはごく自然なことだったといえる。
専門学校生のとき将来は自分の保育園をつくりたいと漠然と思うようになったが、実行に移すのはその思いを10年持ち続けたらにしようと決めていた。そしてそのときが来た。妻の智尋さんは熊本の認可外保育園で働いていたときの元同僚。「子どもは自然の中で育てるのが一番」という保育に対する考え方が一致していた。
地方で保育園をつくる意義
松岡さん夫婦が認可外の保育園を設立したのは、既存の保育園のあり方に強い問題意識を持っていたからだ。最大の問題点は、一日のスケジュールが画一的であることだと二人は考えた。
時間で活動を区切っているため、これからおもしろくなるというときにも中断させなければならない。一日の活動を時間で区切る保育では子どものコントロールが必要になる。結果、口ごたえをせず保育士のいうことを聞いた子どもが「いい子」になる。
小さな頃から指示ばかり受けて育った子どもは、大人になっても他人から指示されなければ動けないのではないか。
そのように考えた松岡さんは、自立した子どもを育てるには保育が子どもの動きに合わせていくことが大切だと思うようになった。
子どもは遊びをつくる過程で、自然と考えるようになる。自分で遊びをつくるには、都市部よりも海や山に囲まれた田舎の方がいい。そして佳春さんは自分の生まれ育った天草に戻ることを決めた。
認可外保育園を運営する課題
たからじま保育園は認可外保育園であるため、認可保育園よりも保育料が高額になりがちだ。そのため、たからじま保育園の保育に関心があるものの通わせることのできない親もいるという。
佳春さんは、2019年10月からはじまる保育の無償化がターニングポイントになると考えている。認可外保育園には上限額が設けられるが、この政策で今よりは保護者の負担が減り利用者が増えるのではと期待できるからだ。
あえて過疎地域で保育園を開設
天草の面積は683.86平方キロメートル。日本の有人島の中では第6位の大きな島だ。しかし、人口は町村合併前の旧本渡市に集中している。旧郡部の小さな子どものいる家庭は旧本渡市内に引っ越すことも多い。たからじま保育園は人の多い旧本渡市内から車で20分ほど行ったところにあるため、運営するなら子どもを集められる旧本渡市内の方がよいのでは、とたずねたところ次のような答えが返ってきた。
やはり実家がこの場所にあることが大きい。ここで18歳まで生まれ育ってきたので、知っている人も多い。たからじま保育園では地域の人とふれあうことを大切にしている。
園児たちを連れて散歩をしていると、地域の高齢者が声をかけてくれる。焼き芋をしたから食べないかとか、ピーマンがたくさん採れたから持っていきなさい、とか。地域の人とのかかわりがあるのは子どもの成長にとってよいことだと思う。これは旧本渡市内でもなかなかないことだと思う。
地方で脱キツい保育士
そうはいっても、利用者を集められなければ生活が難しいのではないか。どのように生計を立てているのか伺った。
保育士は勤めていても得られる収入はわずかだ。それが保育士の続かない理由の一つになっている。サラリーマンである以上、意に沿わないことも園の方針に従うしかない。おもしろくない上に給料も安いとなれば踏んだり蹴ったり。
今は自分でなにもかもしなければならないので、確かに忙しい。でも、思うような保育を実現できてとても充実している。利用者は少しずつ増えている。収入は保育園のほかに学童もあるので、以前より多くなった。
地方に求められる地域教育
松岡さん夫婦の夢はまだ道半ばだ。子どものリズム感覚を養う教室を開いたり、保育士のための勉強会を開催したりと活動の場を広げている。目的は「子どもの幸せ体験をつくる」こと。
天草は高等教育を受けられる学校がないので、多くの人が一度外に出る。外に出てさまざまな経験をするのは必要なことだ。とどまるのを強制するべきじゃない。
戻ってくるかどうかは幼少時代に幸せな体験をしたかどうかが大きいと思う。幸せな記憶があれば大人になってもその場所に特別な思いを持つだろう。教育にかかわる人すべての力量を上げることが結果的に地域をよくすることにつながると思う。
都会にはない田舎の特徴を強みに変えた松岡さん。見方を変えれば、地方にもチャンスは転がっている。