農業ビジネスは、課題が多いとされている一方で、大手企業が参入がニュースになったり、「アグリテック」と呼ばれる農業とテクノロジーを組み合わせた農業が話題になるなど、プラスマイナスの両面において注目を集めています。
養豚業を生業に、小規模ながら高品質な豚肉を提供し人気を博す株式会社みやじ豚の代表を務めると共に、全国の農家の「こせがれ」が実家に戻るための支援活動を行っているのが宮治勇輔さんです。
「農業は可能性に溢れている」と語る宮治さんに、農業ビジネスの魅力と可能性を伺いました。
神奈川を代表するブランド豚「みやじ豚」
神奈川県藤沢市。養豚業が盛んなこの地域で生産されているのが、みやじ豚です。全国的にも珍しい生産者の名前を冠したブランド豚で、おいしいことで人気となっています。2008年には、農林水産大臣賞も受賞し、肉好きの間では、「神奈川県を代表するブランド豚」とも呼ばれます。
おいしい肉を作ろうと、「血統」「えさ」「ストレスフリーな育て方」にこだわり飼育し、旨味にあふれ、白くてきれいな脂肪をもつ良質な豚に育てています。
なぜ1ヶ月に100頭の養豚場が人気なのか

みやじ豚を食べられる貴重な機会「バーベキュー」。毎回満席になる人気イベント。
実はみやじ豚は、なかなか手に入らないことでも知られています。理由のひとつは、生産頭数が月に100頭という希少さ。生産を拡大する戦略をとらず、家族5人での家業の規模からぶらさずに、商品価値を高めています。
次にポイントとなっているのは、購入できる場所が限定されていること。直販と、大手の百貨店の一部でしか購入することができません。
生産頭数の少なさと、購入できる場所を絞ることで、豚肉の品質を維持し、ブランドを確立し、大きな人気を誇っているのが、みやじ豚というわけです。
生産からお客様の口に入るまでをプロデュース
みやじ豚の躍進を実現したのは、父親から養豚業を引き継ぎ、会社としてスタートした宮治さんの戦略でした。
農業は、生産から出荷までとなりがちで、うちの豚ももともとそうだったんです。流通の仕組み上、出荷した後、どこで自分のところの豚が買えるか分からない。
お客さんの口に入るまでを農業にできないのかと考えて、実践しています。
生産からお客様の口に入るまでというところをぶらさずに続けた結果、「美味しい」という評判と共に、売上も伸びているといいます。
課題が山積する農業という分野で、可能性を示す存在となっている宮治さんは、農業ビジネスの今後をどのように考えているのでしょうか。
家族経営だから伸びしろがある

おだやかな気候で豚が育てられている
大企業の農業ビジネスへの参入や、大規模な農業法人の誕生など、農業ビジネスが大きな組織によって行われていることも増えてきました。
この状況に対して宮治さんは、「家業」の大事さを指摘します。
まず、家族経営というのは家族だけが従業員という定義ではありません。創業家が経営に参画していて株主であれば家族経営です。ファミリービジネスと言ったりもします。
家族経営で利益至上主義な企業はありません。次の世代にたすきをつなぐことが家族経営にとって最も重要です。だから、家族経営が世界一多い日本は世界一の長寿企業大国です。そして、こうした老舗と言われる長寿企業が、地域の文化・伝統・歴史を紡いできている面も大きいのです。
本業をどれだけ深めることができるかが鍵
「安易に六次産業化を目指すことにも疑問を感じている」と、宮治さんは語ります。
農業はいわばメーカーです。ある程度の規模で生産性を高めることで利益が残る。これが農業の本分です。安易な六次産業化というのは、農家が片手間に食品メーカーと勝負するようなもの。これで生き残れるわけがないです。
とはいえ、みやじ豚を大量生産するために規模を拡大していくのが正解かというとそうとも言えません。うちが生産している月100頭というのは、日本の養豚農家の平均の半分程度になっています。規模を大きくしてしまうと、どうしても味にバラツキがでますし、余ると価格を下げてでも売りたくなってしまいます。これはこれまでのお客様を裏切ることになるのでしたくありません。
顔が見えて、ぼくらの考え方に共感してくれる人に届けるというのが、みやじ豚のあり方かなと思っています。
そのために、これからの農業は安易な六次産業化に向かうのではなく、いかに生産性を高め、販売を強化していく「本業を深めることが大事」だと指摘します。
みやじ豚の場合も、良質な肉が提供できる環境を整えることをまず実現し、現在は販売力の強化に力を入れているのだそう。
はじめてお歳暮の商品カタログをつくりました。いろいろやるよりも、やるべきことをやる、基本をやるということがやはり王道だと考えています。
理想のライフスタイルを実現できるのが農業の魅力
宮治さんが養豚業だけにとどまらず、農家の子どもたちが実家に戻り、家業をつげるサポートをしているのは、農業のイメージを変えたいという野望があるからだそうです。
農業が「かっこよく・感動があって・稼げる」3K産業にしたいと思っています。新規就農者の支援が活発ですが、初期投資やノウハウの伝承などを考えると、成功するのが難しいのは明らかです。
しかし農家の子どもであれば、実家に帰れば設備も、土地も、先生もいる状態になるんです。ここが変わっていって、帰農する人が増えれば、日本の農業を盛り上げることにつながると考えています。
宮治さんは、農業の魅力を「理想のライフスタイルを実現できる」ことだといいます。その理由は、法人化して上場を目指すような大規模なことから、自給自足で自然と寄り添った生活まで、幅広く選択し、実現できるから。
2018年は、従来以上に、夢を仕事にしようとか、好きを仕事にしようという考えが少しずつ広まっているように思います。
宮治さんのお話しからは、まず自分が何をしたいのか、理想や夢は何なのかを考え、その上で、何をやるかを選択することが大事だということが見えてきます。
宮治さんが、家業の養豚業を流通を変革し、ブランディングによって価値を高めたように、まず誰と、どこを目指すのかというところから始まるのがこれからの農業で、それはどう稼ぐかという話し以前に、生き方や夢と強く結びついているあり方なのだといえます。
「農業の可能性」とは、従来の農業の産業構造から、どう新しい試みを作れるかという余白です。例えば宮治さんがとった直販モデルのように、挑戦し、試行錯誤することで大きなリターンとなる可能性もあるというわけです。
今までの当たり前が当たり前でなくなってきているからこそ、新しい農業のあり方が、今後も生まれていくことでしょう。
(インタビュー会場協力:SENQ京橋)