大企業が地域活性化に参入する事例が増えてきています。従来のように、地域の取り組みにお金だけを出すというものではなく、ビジネスにつなげることも意図したものが増加傾向にあります。
単なる社会貢献ではなく、地域課題や社会課題の解決を企業がリードしていくという事例もできつつあります。
企業に求められる「CSV」とは?
最初に用語を押さえておきます。このような企業の取り組みは、「CSV」と呼ばれ、注目を集めている企業の活動です。
CSVとは、Creating Shared Valueの頭文字をとったもので、「企業が社会と共有できる価値の創造」を意味しています。
これは、社会課題への取り組みによる「社会的価値の創造」と「経済的価値の創造」の両立により、企業価値の向上を実現することです。
よく聞かれるCSRが企業の社会的責任を意味し、コンプライアンスや環境への配慮などを指し、本業の周辺として活動だったことに対し、CSVは、事業そのものでの戦略的展開を意味し、つまりビジネスを通じた社会課題の解決を図ることになります。
日本のCSVをリードするキリン株式会社
日本のCSVをリードし、実際に社会課題の解決につなげている企業が、大手飲料メーカーのキリン株式会社です。
企業としていちはやくCSVを掲げ、国際的にも注目を集めています。その取り組みのひとつが、岩手県遠野市でのビールの原料であるホップに関する事例です。
どのような背景があり地域と連携し、事業を進めているのかを、社内で「ホップを通じた地域活性化担当」を担われている浅井隆平さんにお話しを伺いました。
大企業が地域に参入した理由。国産ホップが直面する危機
今回中心となるのは、キリンが岩手県遠野市において実施している、ホップ農家の支援と、国産ホップの価値向上への取り組みです。
実は、ビール作りに欠かせないホップですが、国産ホップの約96%が東北で栽培されており、中でも岩手県が生産量のトップを誇っています。
そして国産ホップの購入量をみてみると、キリンが全体の約70%を購入しており、国産ホップを使ったビール作りを積極的に進めている企業であることがわかります。
実は、国産ホップは危機を迎えています。それは生産量の大幅な減少。13年前に比べると、約半分にまで急速に減ってきているといいます。そして要因のひとつが、ホップ農家の高齢化や後継者不足による担い手の減少です。
海外からの輸入ホップは基本的にはほとんどがペレット状に加工したものを使用します。
国産であれば、収穫したての毬花(まりばな)を原料に使用してフレッシュで華やかな香りのビールを造ることもできる。このことは確実に日本のビールを魅力的にするものです。
と浅井さんは語り、良質な国産ホップの持続可能な供給を実現することは、日本のビールの価値向上に不可欠だと指摘します。
そこでキリンは、生産地の活性化を通じた国産ホップの維持を行なっていくことになります。
国産ホップの一大生産地東北で、遠野市×キリンで取り組む地域活性化
遠野市とキリンの取り組みの歴史は長く、その始まりは平成19年に遡ります。もともと国産ホップの供給地として50年以上のつながりがあったのですが、国産ホップの危機を前に、ただの契約上の関係から、生産現場の課題解決に踏み出すことをキリンが決めたといいます。
ホップ畑は、遠野市民にとって長い歴史の中でいつの間にか遠野の景色になっていたんです。これを重要な地域資源だと再認識してもらって、まちづくりをやっていこうと。
行政はもちろん、地域と一体となったチームを作り、「ビールの里」を掲げる取り組みを展開しています。
浅井さんによると、行政がひっぱるだけでもなく、企業がひっぱるだけでもなく、そこに市民もしっかり参画することで、一丸となった体制ができるといいます。
2年間で7名の新規就農者を獲得できた理由
実際に大きな成果も生まれています。それが2年間で7名のホップ農家を、新規就農者として受け入れたこと。
今回注目したいのは、この点です。なんと7名中の6名が遠野とは縁もないIターン者で、埼玉や東京、遠くは奈良や岡山からも集っています。
なぜ新規就農者が7名も実現することになったのでしょうか。
行政の方と一緒に、東京での就農促進のイベントなどに出てPRしていました。振り返ると、私たちの方法は少し特殊だったかもしれません。
就農するとこんな良いことがあるよと、支援制度だったりを伝える地域が多い中、私たちは、ひたすらビールを通じた町の活性化がやりたいんだということを熱く語っていたんです。こんな人がいて、こんな思いでやっていて、私たちもこんな思いなんだ。一緒にやろう!と(笑)
ブースには通常2名程度が常駐するのが普通の中、行政の職員やキリンのスタッフなど、総勢5名がギュッと座り、まちづくりを熱弁していたと思うと、その熱気が想像できます。
移住した先で、仲間ができるという確信
何が新規就農者を動かしたのか。実際になぜ新規就農を決めたのかを聞いてみると、真っ先に返ってきた答えは、「移住しても仲間がすぐにできることがわかった」というものだったそうです。
野菜が作れそうとか、売り先がありそうとかという答えなのかと思ったら、そうではなかったんです。
移住した先で、友だちができるかどうかということが、移住者にとってとても大事なことだったんですね。
ここに多くの自治体が気付いていない回答がありそうです。人は、優遇制度や、何らかのインセンティブだけで動くのではないということです。
遠野では、町の未来を担う存在として、ホップ農家を求めていました。そしてそれは、ただ農家を集めたいのではなく、まちづくりに参加するメンバーを集めていたわけです。
だからこそまちのビジョンである「ビールの里」を示し、その手段としてホップ農家があり、その役割を任せたいと、全体像を示して、まちにどう関わるのかを示したことが功を奏したといえるでしょう。
そしてまちづくりのビジョンが語られているから、既に活動している人のこともわかり、一緒にやるイメージが湧く。そしてその上で集うメンバーだからこそ、同じ志をもち、まちづくりにスムーズに参加できる。
このことが、2年間で7名の移住者を実現するという結果の背景にありそうです。
地域の農業でビールができている
企業と行政の間に入り、橋渡し役として活躍する浅井さんは、どのような思いで活動しているのでしょうか。
未来を作っているという気持ちで活動しています。短期的な成果だけを追い求めるというのは、この仕事ではちがうかなと思っていて、50年後のまちづくりを担っていると思っています。
今まではビールは工業製品というイメージを持っていたかもしれません。しかし少しずつ時代は、原料だったり、造り手の想いだったり、その商品のストーリーを知りたいという方が増えて、ビールだって例外ではないはずです。
国産ホップの畑にお客様を呼んで、ホップの香りを嗅いでもらえれば、キリンの製品は日本の農業に根付いたビールなんだと体感してもらうことができますよね。
国産ホップを通じたまちづくりは、「地域の農業でビールはできている」ということを示す手段なのだと思います。
企業に、ビジネスを通じた社会課題や、地域課題の解決が求められる中で、個人の暮らしと企業の経済活動は分断されなくなっていくのでしょう。
だからこそまちづくりにおいても、まちと企業、そして住民が一体となってまちの未来を描き、協業していくことが求められているはずです。
そうであるなら、行政や民間の一部がてがけている地方のまちづくりにおいても、その潜在力はまだまだ眠っていて、活用される機会を待っているといえるでしょう。