江戸型染めの文化を現代に伝える東京にアトリエを構える「ポンピン堂」

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江戸型染めのお守り袋をつくる”ポンピン堂”の工房に行ってきました。

これは、「あめちゃん袋」にも最適!江戸型染めのお守り袋です。

”お守り袋”は江戸時代にお守りを入れて懐中にしのばせておく袋として大流行したそうですが、その大きさがちょっとした小物入れ、デジカメや、数珠、印鑑などを入れるのにちょうどいいサイズです。

関西人になら必ず持っている「あめちゃん袋」にも最適な大きさです。

慶応3年創業の江戸型染の工房「更銈(サラケイ)」

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ポンピン堂は代表の大野耕作さんとその家族の合計3人で、企画からデザイン、制作、出荷まですべて行っています。

もともと、慶応3年(1967年)「更銈(サラケイ)」という屋号で創業した江戸型染の工房で、大野さん妻・資子さんの代で5代目ということです。もうすぐ150年という節目を迎えるとても伝統のある工房です。

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家具の設計をしていた大野さんは、奥様との結婚がきっかけで、数千枚の型紙を見た時の感動がポンピン堂のスタートだそうです。

うっとりするぐらい美しい型紙

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その感動した型紙がこちらです。
型紙は、彫師(ほりし)という専門の職人が柿渋で張り合わせた美濃和紙を彫刻刀で彫るそうです。

型紙の9割以上が伊勢地方で作られている伊勢型紙で、紀伊徳川藩の政策で特産品として広まったという歴史があります。

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型紙の強度を保つために、紗(しゃ)というシルクの素材を貼っています。
紗を貼るのも専門の紗張職人がいて、天然の漆を使って紗を張っています。

漆は湿度で硬化するので、その日の空気の湿度を見て漆を調合する、まさに職人技です。

気が遠くなるような江戸型染めの工程

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江戸型染の工程はまず、もみの木でできた8mの一枚板(長板)の上に反物の生地を張り(地張という工程)、生地の上に型紙を置いて、へらで型糊(米粉、塩、石灰、米ぬかが原料)を置いていきます。

糊が乾かないうちに型紙を移動して一反の長さを続けて作業していきます。

その後、大豆を煮詰めた豆乳状のもの(呉)を入れる呉入れという作業を行います。

呉入れは下地を入れていく工程。大豆のタンパク質が、色にじむを防ぎ、色が入る受け皿になるそうです。
その上から、鹿の毛の刷毛で色を刷り込んでいき、蒸し器で蒸し込んでいく。

そして最後に水で洗うという気の遠くなるような工程を踏んで1枚の反物が出来上がります。
あまりにも手間がかかるため、1枚の反物を制作するのに1ヶ月もの月日がかかるそうです。

日本の伝統色は日本人の美の心

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これが当時使われていた色見本帳です。

達筆すぎて全ては読めませんが、四季の植物や食べ物の名前など、何百という日本の色があります。
色の表現の豊かさの分だけ、昔の日本人は生活の中に四季を感じ、それを色で表現していたのですね。

江戸型染を現代にアレンジ 作品に込められた思い

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ポンピン堂は、手間がかかり、色落ちしやすいなど取り扱いが難しい江戸型染を、その良さを残しつつ、技法をアレンジして現代のライフスタイルでも取り入れやすいスタイルとして展開しています。

とはいえ、一点一点手間をかけて作っているものには違いありません。
作品には一つ一つ深い意味が込められています。

例えば、サイコロひとつとっても「どちらに転んでも目が出る=芽が出る」の語呂掛けから出世開運の縁起柄という深い意味があるそうです。
昔は船の進水式に船魂を入れる際に、災いを祓うために、女性の髪の毛などと一緒にサイコロを入れていたそうです。

伝えていきたい日本の文化

日本にはかつて、ものづくりが身近にあり、それは今でも続いている、そしてそこには、こんな文化があるんだよっていうことを知ってもらいたいと思います。

作り手の手間がかかっている分だけ、少しでも多くの人たちに、作り手の気持ちを伝えていきたいと思います。

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