北海道に地方移住して、新規就農した若夫婦の奮闘と夢

私たちの夢「江面ファーム」

農地は、なんと!東京ドーム約8個分。

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どこまでも続く大空、果てが見えないほどの広大な畑。北海道に、東京ドーム約8個分(42ヘクタール)の農地で農業を営む夫婦がいる。彼らは実家が農家でもなく、20代は普通に東京で会社員をしていた。そんな彼らが結婚と同時に北海道に移住し、3年間の研修期間を経て農家に。農場の名は「江面(えづら)ファーム」。180度異なる環境に飛び込んだ彼らの奮闘、特産品の「じゃがいも」で地域を盛り上げる挑戦を、妻の陽子さんにインタビューした。

選んだのは“家族と自然とともに生きる暮らし”

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独身時代、夫は東京のIT関連企業、私はメーカーに勤務していました。夫の仕事は過酷で・・・朝は6時に家を出て、帰宅は深夜12時過ぎ。休日に出勤することもありました。コンビニで買ってきたおにぎりをデスクで食べるというのが夕食スタイル。夫は子ども時代を北海道で過ごしましたが、思い出を振り返ると、夕食の時間も休日もいつも家族一緒に過ごしていたそうです。多忙を極める日々の中、夫の中では、いつか自然溢れる北海道に帰りたい、そして、家族のそばにいられる暮らしがしたい、という気持ちが強くなっていったようでした。

私はというと、商品企画の仕事で、原料調達のために訪れた青森と和歌山の農家さんがとても印象に残っていました。青森のにんにく農家さんを訪れた時に見た、夫婦一緒に働く姿が目に焼きつき、和歌山の梅農家さんを訪れた際に聞いた「梅の花に囲まれながら働けてとても幸せだ」という農家さんの言葉が耳から離れませんでした。仕事のパートナーは家族、そして、職場は自然の中・・・そんな働き方があるのだと、驚きと憧れの対象になったのを覚えています。

だから私にとって、「結婚して北海道で農家になりたい」という夫の提案は、一抹の不安はあるものの、それ以上に素敵な未来を予感させるものでした。

何もかもが分からない毎日の始まり

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「結婚して農家になろう!」そう決めてから、知り合いの農家さんの仕事を手伝ったり、市民農園で土いじりをしたり、自分たちなりに情報収集に努めました。そして、2009年3月、結婚式の翌日に北海道へ移住。

北海道にお嫁に行った友人の紹介で農業法人で研修を開始。これが、「何もかもが分からない毎日」の始まりでした。

農業体験は、今思うとただのおままごと。当たり前ですが、実際の農業とは全くの別物だったのです。特に、北海道の農業は、大規模な畑でトラクター等の大型機械を使って行う「畑作農業」が多く、研修先の農業もそのスタイルでした。

農作業のイロハも、農村での暮らし方も、分からないことだらけ。「腐ったじゃがいも投げといて」と言われ、力いっぱい遠くに投げたこともあります。実は「投げる」とは北海道弁で「捨てる」という意味(笑)方言だって分からず、トンチンカンな行動ばかりしていたのでした。

どうせやるなら大規模農業!

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農業法人での1シーズンの研修を経て、大変なことはあったものの、夫婦一緒に自然の中で働けるという農業の魅力にどっぷりとつかった私たち。「農業を一生の仕事にしたい」という思いはますます強いものとなりました。

広大な畑で思いっきり農業をする。

そして兼業農家ではなく、専業農家として農業一本で生きていく。

どうせやるなら収益性の高い「畑作」がしたいと夫婦の考えが一致しました。

農地は東京ドームで換算できる広さ。生産する作物は、お菓子や砂糖、スープ等に加工される「原料作物」です。新規就農の場合は、初期投資の少ないハウス栽培などを選ぶのが主流の中、多額の初期投資をして大規模農業に挑戦するというのは、無謀とも言える選択だったかもしれません。

そもそもそんなに広い土地を新規就農者が購入するのはハードルが非常に高く、市町村に問い合わせても、「今までにそんな例はありません」と答えられてばかり。ところが農業雑誌に私たちが理想とする「大規模畑作」に取り組んでいる新規就農のご夫婦を発見し相談したところ、同じ地域の後継者のいない畑作農家さんを紹介してくださったのです。私たちの目標となる素晴らしい経営をされている農家さん。

しかも「経営移譲」と呼ばれる、農地、施設、機械、住宅・・・と、農家になる為に必要なもの全てをそっくり移譲するという恵まれた条件でした。場所はオホーツク地方の遠軽町白滝。人口800人余り。コンビニもファミレスもありません。北海道の中でも特に田舎に属する地域ですが、その分私たちのような非農家出身の者でも大規模農業に挑戦できる素晴らしい場所でした。

私たちの夢「江面ファーム」の誕生

白滝の畑作農家さんで経営移譲を前提として、新たに2年間の研修を始めることになりました。農業も2シーズン目となると「何もかもが分からない」という状態からは脱出しましたが、勉強しないといけないことだらけなのは変わらず・・・。そして2年後の2012年4月1日、北海道へ移住して4年目の春。地域や関連機関など多くの方の協力のもと、「江面ファーム」として独立。「自分たちの農場をもつ」という夢が、ようやく実現したのです。ほぼ同時に長女も誕生し、家族と自然とともに生きる暮らしがスタートしました。

「じゃがリンピック」“白滝じゃが”を日本中に広める

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白滝に移り住んで大好きになったもののひとつが「じゃがいも」。白滝は北海道で一番標高の高いじゃがいも生産地とも言われ、その標高が生み出す寒暖差が、他とは違う甘くてホクホクのじゃがいも「白滝じゃが」を作るのです。白滝の畑作農家は、何かに加工される原料としてのじゃがいもだけでなく、そのままじゃがいもとして食べる生食用の「白滝じゃが」も生産しています。

私はじゃがいも生産農家の女性たちのグループ「白滝じゃが生産部会加工班」に所属し、「白滝じゃが」を広める活動に取り組んでいます。その活動の一環として白滝では2006年より、じゃがいも料理のコンテスト「じゃがリンピック」が開催されてきました。小学生から年配の方まで幅広い年代の人々が参加。オリンピックにちなみ出品者に、金・銀・銅メダルを授与するという分かりやすさもウケて、地域の行事として浸透しています。

じゃがいも料理のレシピ本を出版

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更なる活動として、7年間の「じゃがリンピック」の入賞作品をまとめたレシピ本を制作することに。私は生産部会の活動に参加したばかりだったのですが、本のデザインを担当させてもらいました。農村で何か新しいことを始めるのは想像以上に難しいことで、じゃがリンピックを立ち上げたこと、そしてそれを7年間コツコツと続けてきたというのはがんばりが必要なことだったと思います。

だからこそその努力を分かりやすくステキに伝えるために、デザインは非常に重要だと感じました。だけど自分でデザインをするのはまったく未知の世界。デザインソフトにも触ったことがない状態で、しかも妊娠後期!いつ陣痛がきてもおかしくないという状況の中、朝から晩まで必死でパソコンにくらいつきました(笑)

そうやって2012年8月、無事にレシピ本が完成!素人が作った本であることは間違いないですが、「農家が作ったレシピ本」として「白滝じゃが」の生産過程など、農家ならではのメッセージも込められた本ができました。お陰さまでTVや雑誌など、数々のメディアでも取り上げていただき、自費出版としては健闘の2500冊を完売、増刷をすることになりました。

とはいえ「白滝じゃが」というじゃがいもの名前を聞いたことがある人は、ほんの一握りだと思っています。私はレシピ本の販売をとおして、この「白滝じゃが」をもっと多くの方に知ってもらいたいと思っています。そしていつかは「夕張メロン」のように、誰もが知っているブランドじゃがいもにすると同時に、「白滝」の名を全国に広めたいと思っています。

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農家が作ったレシピ本。「じゃがリンピックのじゃがいも料理」
オールカラー66ページ。定価525円(税込)

Facebookページ「江面ファーム」
http://www.facebook.com/ezurafarm

レシピ本・白滝じゃがの販売はこちらよりどうぞ
http://happyfarm.blogzine.jp/index/2012jagaimoyoyaku.html

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