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地方移住から24年後に音楽で開業。時間をかけたからこそできた、私のコミュニティ

移住先で教員に、その傍らでドラムサークルの立ち上げ

清水さんは、武蔵野音楽大学出身。そして、大学卒業の翌日に、今の旦那さんと入籍した。そしてすぐ、旦那さんの群馬県の実家に住むことになる。そしてさらに、「学校教員に欠員が出ているので、先生になってほしい」という親せきからの依頼が……。それ以降清水さんは24年間に渡り、“音楽の先生”として子どもたちを指導する立場になったのだ。

たくさんの学校で指導する経験をし、子どもたちが大会で入賞したり良い成績をおさめたりすることも度々ありました。子どもたちの一生懸命な姿を見ていてもちろんやりがいも感じていましたが、指導する側にまわるということはプレーヤー・アーティストではなくなっているということなんですよね。

そう、清水さんは当時を振り返る。「大会で賞をとる音楽、ではなく、自分が純粋に楽しいと思える音楽をもう一度やりたい……」そんな気持ちが少しずつ湧いていった。

また、清水さんが拠点を持つ群馬県伊勢崎市には外国人移住者……特に南米の方が多く、近隣の市町村にはブラジル人街もあったりする。その移住者たちと接していると、本当にオープンかつポジティブで、救われた部分がたくさんあったのだそうだ。

その後教師の仕事の傍らで、ドラムサークルを立ち上げた清水さん。

自分も群馬に来てすぐにフルで仕事をすることになったので、純粋な友達がいなかったんです。なので、自分の友達作りのためにも、まずは立ち上げてみようかと。そしたら、意外にも初回からたくさんの人が集まったんです。

野外イベントの様子

その後平日の夜や土日に開催を続けると、少しずつその楽しさやクオリティの高さが話題になり、県内外のイベントや施設に出張することも多くなっていった。しかし、清水さんは公務員のため副業は禁止。ほとんどはボランティアで活動していたと言う。

「このまま無料で活動していては、ドラムサークルやブラジル音楽の価値自体を下げてしまう…」そんな悩みを持ち始めた清水さんの土日は、ドラムサークルやサンバショーの依頼でいっぱいになっていた。

24年間の教員生活から音楽で開業、音楽で培ったコミュニティ

そして24年間続いた教員生活に終止符を打ち、2015年に開業。しかしそれまでほぼボランティアで活動していたため、報酬の請求に対して良からぬ顔をするお客さんもいたそうで、最初はなかなか苦戦したのだとか。

現在はドラムサークルファシリテーター協会の関東支部長、合同会社ビートオブサクセスの認定トレーナーの肩書きも持つ清水さん。教育機関や福祉機関、医療機関、保育施設、各種イベントなどで年間100本以上のドラムサークルを行うほか、演奏活動やワークショップの講師なども務め、活動の幅を広げている。

浅草サンバカーニバルに出演する清水さん

はじめてドラムサークルを開催したときから参加してくれている仲間たちが、今では私の大切な友達になっており、仕事も手伝ったりしてくれています。私がやっていることは、音楽を使ったコミュニティづくり。希望としては来たいときに来られて、仲間と音楽を楽しんで、後腐れなく帰れるような居場所をどこかに持ちたいですね。立ち飲み屋みたいな(笑)。

……そう話す清水さんは、いつ会っても明るい笑顔が絶えない。「昔は結構キツイ顔してたんですけどね」と言うのが嘘のようだ。

「障害を持つお子さんとのコミュニケーションにもドラムサークルは役立ちます」と清水さん

私が清水さんの話を聞いてすごく共感したことは、「子ども向けのドラムサークルをやっていて、何も演奏しない子も中にはいます。でも、演奏することを強制はしません。“奏でない”ということ自体が、そのサークル・音楽を構築する要素のひとつだから……」という話だ。

「自分のやりたいこと」に正直になった先にできた、移住先でのコミュニティ。時間はかかったとしても、無駄な経験はひとつもない。そして、何かを成し遂げなくともそこにいることで、立派なコミュニティの一員になっているということ。清水さんのストーリーは、そんなことを改めて教えてくれたのだった。

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