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地域おこし協力隊を任期満了前に卒業。新天地で切り開く「自分らしい生き方」

鎮夫さん:移住するにあたって、いずれは農業で生計を立てたいと思っていましたが、いきなり新規就農は難しい。地域おこし協力隊になれば当面の生活費を得られることと、立場上、地域の人たちと出会ったりつながりやすいことが大きなメリットだと考え、応募しました。着任当初から独立を志して動き回って、「これだ」と思ったのが炭焼きでした。師匠のもとに通って少しずつ手順を学び、2年ほど経ったところで「自分でやってみよう」と、協力隊を辞めて独立しました。

鎮夫さんの炭焼きは、木を伐り倒して薪にし、運んで、炭を焼いて、販売するという全ての行程を自分でやる。かなりの重労働だが、辛くはないのだろうか。

鎮夫さん:大変ですし体力的にもきつい時もありますが、自然の中で季節の移ろいを感じながら働くのは楽しいです。炭は工業製品と違ってほんのちょっとした違いで出来上がりが変わるのが面白くて、飽きないんです。一生修行です。自然とともにある仕事なので、忙しくても、陽が落ちれば家に帰って家族と一緒に夕飯を食べる生活は、幸せだと思います。

予定していたわけではない「移住」

東京で働いていたときは公共インフラの設備設計をしていた鎮夫さん。無理な予算や工期での発注が多く、そのためにずさんな仕事をせざるを得ない現場も目の当たりにしてきた。そうした構造の中で自分もいつか重大な事故の加害者になるのではという疑問を抱いた。また、朝から晩まで室内でパソコンに向かい続ける生活スタイルも変えたいと思った。そんなタイミングが、妻の多恵子さんとピタリと合った。

多恵子さんはその頃、大手菓子メーカーの販売の仕事をしており、大きな駅構内の店舗で店長になった。しかし、重責に応えようと必死に働いた結果、身体を壊してしまった。そうして自分を振り返ったとき、大学時代に自然農法やパーマカルチャーに興味を持っていたことを思い出したのだと言う。

多恵子さん:不思議ですけど自然な流れで移住に気持ちが向いたんですよね。東京で子どもを育てるのは難しいと感じていたこともあり、夫に移住を相談したら「実は俺も、そういうのもいいと思ってた」って言われてびっくりして(笑)。1人ではきっと踏み出すことはできなかったと思いますけど、2人だから、どこに行っても頑張れるだろうと思えたんです。

それまで2人でそうした話をしたことは一切無かったが、ふと流れが変わった。すぐに移住先の情報収集を始め、現地での説明会にいくつか参加した後、七ヶ宿町に住もうと決めた。結婚してわずか1年半後、2人は見知らぬ土地に居を移した。

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