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「ありがとう」と言い合える関係を作りたい。Uターン×地元の薪と石窯でつくる「おひさまパン工房」

地域の人のために何ができるか。お年寄りの声から生まれたパン工房

宮島といえば、年間450万人以上もの観光客が訪れる、世界的な観光地。しかし、野村さんはあくまで「地域の人びと」をターゲットに、「地域で困っていることを解決すれば、商売になる」と考えていました。半年間にわたり、公民館のクラブや地元の会合に参加しながら、情報収集をしました。

するとお年寄りたちから、こんな声が聞こえてきたそうです。「独り暮らしで、買い物や料理も大変」「古い長屋は、火事が起きたら大変なので、料理で火を使いたくない」「料理をしても、独りだから余ってしまう」…。見えてきたニーズは、1個ずつ買うことができ、料理の必要がなく、温めればすぐに食べられるパンでした。当時の宮島には、パンの専門店がなかったのです。

宮島での「おひさまパン工房」の様子

野村さんは、パン工房を立ち上げるため、「場所」「技術」「地域のネットワーク」を求めて奔走します。パン作りの技術を一から学びながら、場所探しが始まりました。しかし、古くからの老舗が立ち並ぶ宮島では、島外から来た新参者が物件を探しても、なかなか貸してくれる人が見つかりませんでした。

とにかくたくさん動いて、たくさんの人に会うようにしました。その地域で誰とつながるかは、とても重要です。僕の場合は、街づくりに取り組んできた人と出会い、そこから宮島の観光協会会長も務める老舗和菓子店の社長さんとつながり、元あんこ工場だった場所を貸してもらうことができたんです。

物件は、宮島のメインストリートの裏手の道からも、さらに奥に入った所にありました。しかし、野村さんは、そもそも観光客ではなく、地元の人びとのために商売を始めようと思っていたので、打ってつけの場所だったのです。

人とのつながりが、工房を支える。しゃもじの端材が薪に、建設会社の石材が窯に

オープンした当初は、たくさんの人が工房を訪れてくれました。しかし、なかなかリピーターが定着せず、最初の1~2年は、綱渡りのような大変な日々が続きました。当時はまだパンを焼く技術も未熟で、さらには「地域の人のために」という思いに固執するあまり、野村さんは訪れた観光客に「島外の人には売りません」と断って、ひんしゅくを買うような状態だったそう。

正気の沙汰じゃないですよね(笑)。当時は、狂っているとしか思えないくらい必死に、自分の目指すものに突き進んでいました。その甲斐もあって、徐々に地域の人たちとの関係や絆が広がっていって、3年目くらいから固定客が増えて安定していったんです。メインの商店街で観光客向けにやっていたら、あんなに応援してくれる人たちはいなかったかもしれないとも思います。地域のお弁当屋さんが、うちの工房の看板も出してくれたり、空気が抜けた僕の自転車のタイヤを、ご近所さんがそっと直しておいてくれたり、涙が出るような付き合いもたくさんありましたね。

石窯や薪など工房に必要なものも、「うちの父親がやっている建設会社で、石が余っているよ」と声をかけてくれた役所の人や、軽トラや器具を貸してくれたガス屋さんなど、たくさんの人たちの助けがあって何とかなったんです。地域づきあいだけでなく、市役所や県庁などにもどんどん顔を出して、とにかく動き回っていました。

石窯について情熱的に語る野村さん

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