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都道府県魅力度ランキング第4位の地から、岩手の山間部へ移住-畜産を学び、闘牛に魅せられた若き青年

ブランド総合研究所が発表する『都道府県魅力度ランキング』にて、2018年第4位の沖縄県から同第26位の岩手県に移住し、奮闘する青年がいる。岩手県久慈市の山形町小国地区に移住し、現在柿木畜産に勤めている當山 亜斗夢(とうやま あとむ)さん。少し色黒で若さを感じさせる彼は20歳。沖縄県うるま市の出身だ。高校までを沖縄で過ごし、岩手農業大学への入学を機に岩手で暮らし始めた當山さん。彼は何故ふるさとを離れ、そして故郷から遠く離れた岩手の地で就職を決めたのか。彼が取り組む、畜産や闘牛への思いと共に話を伺った。

内陸への憧れと畜産を営む夢

故郷・沖縄にある當山さんの実家は、稼業で畜産を行なっている。當山さんは、幼い頃から祖父に牛舎へ連れていってもらい、雑草をフォークに乗せる手伝いなどをしていたそうだ。

最初は褒められたくて手伝いを始めたのですが、小学6年生の頃には基本的な仕事がひと通りできるようになっていましたね。高校2年生の時には、「将来畜産をやろう」と思いました。

当時、當山さんの母親は「畜産は安定しない仕事だ」と、反対の気持ちを持っていたそうだ。しかし當山さんは初志を貫き、畜産を学ぶために岩手農業大学へ入学を決めた。数ある畜産を学べる学校の中で、岩手農業大学を選んだ理由は「農地が広く、雰囲気が気に入ったから」だと當山さんは話す。他県と陸続きの内陸に憧れていた幼い頃からの思いも、後押しした。

岩手への進学で学んだ知識を、現場で活かしたい

二年制大学の岩手農業大学に進学した當山さんは、卒業後すぐに沖縄へ帰るのではなく、一度は沖縄以外で勤めたいと考えていた。「学んだ知識を活かし、現場で畜産の技術を学びたい」気持ちがあったからだ。そして、當山さんは久慈市山形町にある他業者でのインターンシップを経て、柿木畜産に就職することとなった。

久慈市内の山形町(旧山形村)は、面積の95%が山林の地域だ。山形町は全国有数の短角牛の産地であり、柿木畜産でも飼育されている『いわて山形村短角牛』は、100%国産飼料で育つ。和牛としては珍しいとされる旨みの強い赤身肉のため、高級レストランや健康に気をつかう方への需要が、近年特に高まっている。當山さんの実家では、主に繁殖牛を育てていたそうだ。柿木畜産で肥育や販売などに携わり、新たな学びを得られることが就職して良かった点だと當山さんは言う。

遠い沖縄から移住して感じた「違い」とは

現在、當山さんは久慈市山形町小国地区にある教員住宅を借りて暮らしている。小国地区は、スーパーやコンビニが無く、最寄りのスーパーまでは車で30分以上かかるそうだ。車で15分の場所にあった日用品・食料品店は、最近閉店してしまった。それでも「おかげで自炊ができるようになりました。得意料理はカレーです。」と、笑顔で話した當山さん。多少の不便さは感じているものの、自炊すれば毎日スーパーに行く必要も無いのでそこまで困ることはないと言う。

故郷の沖縄と岩手では、言葉や気候も大きく異なる。実際、當山さんはどう感じているのだろうか。

この間、祭りに参加した際には、地域独特の盆踊りに文化の違いを感じました。沖縄のエイサーとはずいぶん違いますね。冬の寒さは、イメージしていたよりは大丈夫でした。岩手の人は肌が白く、薄い顔の人が多いことに驚きます。沖縄は、彫りが深い人が多いので(笑)。

言葉や気候もさることながら、文化や人の顔立ちの違いに驚いたと當山さん。遠い沖縄から移住してきたからこそ感じるエピソードを聞くと、地元で生まれ育った人とは異なる視点があると気付かされる。

故郷・沖縄と岩手を繋ぐ、闘牛文化

久慈市山形町では年に4回、東北唯一の闘牛大会である『平庭闘牛大会』が行われている。平庭闘牛の正確な起源は不明とされているが、江戸時代に塩を売るため牛の背に塩を乗せ、内陸の盛岡方面まで運ぶ際、その先頭に立つ牛を決めるために牛に角突きをさせていたのが始まりと言われている。現在の平庭闘牛大会では、牛の勝ち負けを付けないそうだ。それは、牛に負け癖を付けないためだ。

山形町で育てられた闘牛は、全国各地の闘牛大会に送り出されている。実は、當山さんの故郷・沖縄県うるま市も闘牛大会の開催場所の一つ。當山さんの父も闘牛を行っていたそうだ。

そんな縁もあり、當山さんは平庭闘牛大会の『勢子(せこ)』としても活躍している。勢子とは、闘牛の手綱を持ち、牛を分かつ役だ。牛の角突きの邪魔にならないように動き、闘牛同士を引き分けで分かつのには技術が要る。平庭闘牛会における勢子のエースと呼ばれる、柿木畜産の柿木 敏由貴(かきき としゆき)さんの教えもあり、當山さんは最年少にもかかわらず、見事な動きを見せる。幼い頃から牛と関わり、父親が闘牛を行う様子を見てきた當山さんは、平庭高原闘牛会の期待の星だ。

Uターンを視野に畜産を学び、闘牛も盛り上げていく

将来は故郷の沖縄に戻り、牛の頭数を増やして畜産業を営んでいきたいと考えている當山さん。だが、今は平庭闘牛大会をもっと地元の人にも見に来てほしいと考えている。平庭闘牛は、闘牛を愛する他県からの観客が増加傾向にあるものの、地元の人はほとんど見に来ないといった状況が続いているのだ。

沖縄という遠い地から岩手の山奥に移住し、畜産の仕事と闘牛に打ち込む當山さん。その姿を、闘牛場での活躍を通して多くの方に見ていただきたいと思う。自らの思いを叶えるため、真摯な姿勢で取り組む當山さんの姿は、きっとたくさんの人の心に響くはずだ。

□■この記事の関連Webサイト
【奇跡の短角牛 柿木畜産】http://www.kakiki-chikusan.com/
【東北唯一の闘牛 平庭高原闘牛会】http://www.hiraniwatogyu.com/

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