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伊豆諸島移住「みんなの別荘ファミリア」離島へIターン、宿カフェバー開業

「集まった人々が幸せになる、そんなコミュニティを作りたい。」

そんな思いで2017年、東京・伊豆諸島の神津島にみんなの別荘「ファミリア」をオープンした共同運営をしている田中さんと岡本さん。

二人はもともと大阪と名古屋出身で、神津島をよく知らないところから始まったと言います。なぜ縁もゆかりもなかった神津島という土地にIターンを決断し、宿をオープンさせたのでしょうか。

コバルトブルーが広がる東京の島・神津島

東京から南に178km。浜松町から高速船で約4時間、大型船で約10時間の距離にある神津島は、ここが本当に東京?と驚きを隠せないほど、手付かずの自然を持つ島です。

誰もが驚く真っ青で透き通った海、そして伊豆諸島の神々が集まり会議をしていたと言われる天上山。そんな自然が広がるこの神津島は、東京からアクセスしやすい場所にありながらも、まだあまり知られていない秘境でした。

神津島に来たきっかけは、人が繋いだ縁

大阪出身で、神津島に移住前は都心で仕事をしていた田中さん。島に親戚がいるなどの繋がりは全くなかった田中さんは、ある出会いがきっかけで移住を考え始めました。

仲の良い友達が東京でバーテンダーをやっているお店に、神津島の人がお客さんとして訪れたんです。

友達は神津島の人の話を聞きとても興味を持ったそうで、一緒に神津島に行ってみないかと僕を誘ってくれました。それが、神津島に興味を持ち始めたきっかけです。

あの友人が言うなら、きっと面白い場所に違いない。そんな思いだけで神津島に乗り込んだ田中さん。

神津島の第一印象は、異空間でした。東京の島とは思えないほど海が綺麗で、空気は澄んでいて・・・都会にずっといた自分からすると、本当別世界だったんです。

宿泊した夜に友人と神津島のダイバーに出会い話していたところ、本村の目の前に広がる前浜というビーチには、海の家がないということを聞きました。町中から一番アクセスが良いビーチ。好条件なビーチにも関わらず、なかなか人が集まりません。

その話を聞き、バーテンダーの友達と田中さんは1年後に海の家を神津島で行うことを決意。こうして移住への最初のきっかけが出来ました。

海の家をやろうと決めて、最初にぶち当たった壁は家探しでした。

神津島は空き家がいっぱいありながら、所有している人がなかなか手放さず、借りられる家があまりありません。探し始めてから決まるまでに5ヶ月ほど掛かり、家を借りることができました。そこが今の別荘ファミリアです。

知らぬ土地で始めた宿づくりと移住生活

海の家を神津島で行うことにした2016年の夏。海の家を運営中の拠点とする家も決まり、バーテンダーの友達を中心とし着々と準備に取り掛かりました。

私はもともと田中くんの友人で、面白いことをやるから一緒にやらないかと誘われて、ボランティアスタッフとして海の家に参加したのが始まりです。

2016年6月から海の家の準備が始まり、キャビンアテンダント(CA)という本職を行う合間に、神津島に通っては海の家の準備を手伝った岡本さん。

海の家を手伝っているうちに自分の中で、神津島で宿を始めたいなという気持ちが大きくなっていきました。

実は宿を開くことは高校からの夢のうちの一つ。海の家を作っている時に借りていた家があり、それを活用して宿を経営したい!と田中くんに思いをぶつけました(笑)

こうして田中さんと岡本さんは、家を利用し宿をオープンすることを決意しました。

宿を作ると決めてからは、苦労の連続。宿のコンセプトを決めるだけでも、あーでもないこーでもないと話し合い続けました。

さらにいざ改装を始めようとしたら、シロアリに食われてしまっている箇所を多く発見。壊しては直し壊しては直し、何度もやり直したので、当初の予定よりも時間が掛かりました。

あとは、改装中は僕と岡本さんの喧嘩が絶えなかったですね(笑)

改装中はほぼ2日に1度は喧嘩をしていたという田中さんと岡本さん。壁の色から洗面台まで、お互いが納得いくまで話し合ったそう。一度は大げんかをし、岡本さんが家を飛び出して言ったという、ハプニングもあったとか。

こうやってぶつかり合いながらも宿を完成できたのは、本当に周りの支えだと思っています。仲良くなった島民の人や、ボランティアとして全国から手伝いに来てくれた人々がいたからこそ、オープンできたと思っています。

リノベーションをする際に、SNSを駆使しボランティアを募り、全国から20名以上の人が手伝いに来てくれたそう。

こういう移住って地元の人のいざこざなどの話をよく聞きますが、私たちは本当によくしてもらってます。島のことでわからないことなどを教えてもらったり、自分たちで解決できないことを助けてもらったり。

島の人はシャイで、あちらから話しかけてくるということはあまりありませんが、私たちが話しかけると受け入れてくれます。

こうやって周りに支えられながら、半年以上の月日をかけ、別荘ファミリアが完成しました。

離島だからこそ大変なこと

別荘ファミリアがいざ完成し宿としての運営が始まり大変なことや、離島だからこそのハプニングなどあったのでしょうか。

ファミリアは宿の他にカフェバーとしても運営しているのですが、食材があまり選べないという問題があります。

天気が悪いと船がつかないので、食材が来ないこともしばしば。本島から個人的にインターネットで買い付けなどをしても、クール便がなかったりと、買うものに限りがあったりします。

と田中さん。船が欠航するとスーパーや商店の食材がなくなってしまい、なかなか同じものを毎回出すのにも工夫が必要だそうです。

私は海外の会社でCAとして働いていることもあり、交通時間が24時間かかることもあります。よく同僚や家族からはとんでもないことをしてる!と驚かれますね(笑)

ヨーロッパを拠点としてCAを勤めている岡本さんは、東京にフライトで戻って来ても、その日のうちに神津島に帰れないこともあるそう。船や飛行機の便数が限られていることもあり、スケジューリングが大変だと言います。

ただ、留守中、田中くんはもちろんのこと、島の人々が気にしてくれます。これは島ならではの温かみかなと思います。

留守中はちゃんと宿をみておくから!と気さくにご近所さんが言ってくれるそうで、今はないご近所づきあいが島だと楽しめるし、とても助かっていますという岡本さん。また、カフェバーにお客さんを連れて来てくれたり、宿を紹介してくれたり。

Iターンだからこそ出来ること

神津島をほぼ知らない状態から始まり、移住まで踏み切った2人。今後神津島で取り組んで行きたいことを尋ねてみました。

海外や遠くに行かなくても、素晴らしい自然が広がっていることを伝えたいです。

天の川が見られるほど美しい星空や、太陽が沈み、月が上がる瞬間を同時に見られる奇跡的なような場所が神津島にはあります。全国でもなかなか見られないこの絶景を、東京の島にあることを伝えて、より自然を楽しんでほしいです。

お酒を片手に波の音を聞きながら星空を見上げたり、都会だと見られないエメラルドグリーンの美しい海が目の前に広がっていたり。そんな贅沢な光景は、実は東京にもあり、簡単に楽しむことができます。神津島が休日に来てはちょっと一息つける「別荘」のような空間であって欲しいそうです。

また、神津島で体験事業を増やすことにより、島民と観光客の繋がりを作るきっかけづくりをしていきたいと話す田中さん。

島のお母さんたちが作る郷土料理作りや、島の食材をつかったお寿司作り体験など、体験を通して神津島を知ってもらい、島民と観光客を繋げることにより、双方にいい影響をもたらせれば。そしてその場所が「ファミリア」であれば嬉しいと笑顔で話してくれました。

島外から来た人だからこそわかる、神津島の魅力を発信しています。

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