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「ドリーム」の名は伊達じゃない。1日1000人以上も運んだ日本最初の高速バスの歴史とは?

地方から上京する際に夜行バスを利用したという方も多いのではないでしょうか。

日本全国を結ぶ、飛行機ネットワーク、鉄道ネットワークと共に、張り巡らされた高速道路を活かしたバスのネットワークも、欠かせない交通インフラとなっています。

ところで、高速バスの歴史はいつから始まったかご存知でしょうか。

関東と関西を結ぶ初めての高速バス「ドリーム号」

「高速バス」の名の通り、その歴史は高速道路と共にあります。

高速道路ができる以前の最長距離のバスは、南紀白浜と大阪を結んだ便で、200キロメートルの道のりを運んでいました。どうやら、これが高速道路以前の最長距離だったようです。

さて、日本初の高速道路は、昭和39年に完成した名神高速道路です。その後、昭和44年には東名高速道路が完成します。

これをもって、東京から大阪までが高速道路でつながりました。この年の6月に、初めて東京と大阪をつなぐ夜行高速バスが登場します。

それが国鉄「ドリーム」号です。

東京・大阪間の走破距離560キロメートル超は、当然ながら最長記録を更新し、高速バス新時代が幕を開けることになります。

いま、JRが運行するバスの名前として、高速バスユーザーにはお馴染みの「ドリーム」の名は、その最初から名付けられていたのです。

大阪万博では38万人以上を輸送したという記録も

夜行高速バスが本領を発揮する出番はすぐに訪れることになりました。

昭和45年(1975)に開催された、大阪万国博覧会です。なんと年間38万人以上の人を運ぶことになります。できたばかりの新幹線と合わせて、日本の新しい交通インフラが支えたのが、大阪万博だったことがわかります。

ちなみに、年間38万人ということは、1台42人乗りの夜行バスだとして、1日平均1000人を輸送することになったわけですから、驚異的な数字だということがわかります。

夜行バスも多様化。根強い人気

日本の交通インフラの新時代をスタートさせたといっても過言ではない高速バスは、現在に至っても人気を誇っています。

完全に個室になったシートを付けたものや、睡眠に特化したものなど、個性的なバスも出てきています。

夜行バスに負けじと、昼間に東京と大阪を結ぶ高速バスも、新しいレジャーとしての地位も獲得しているのだとか。

今度の旅行は、高速バスで出かけてみませんか?

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