地域再生を象徴するアートを。年間約6万人が訪れる豊島美術館

この不思議な形状の構造物が美術館となっている

瀬戸内の多島群を形成する島のひとつに、豊島があります。アートの島として世界的に有名な直島から船で30分程度のところに位置し、人口1000人ほどの小さな島です。

島の玄関口である港に降り立つと、どこか懐かしさを感じる港町のおもむきと、豊かな自然とが共存した島であることがわかります。

瀬戸内のアート群を成す重要な島のひとつ

この一見何の変哲もない島には、年間約6万人ほどの観光客が訪れます。多くの観光客のお目当ては、2010年10月に開館した豊島美術館。

第一回瀬戸内国際芸術祭が開催される中で公開された、世界的にも類を見ない美術館です。豊島内の瀬戸内海をのぞむ小高い丘の上に作られ、豊島の自然と瀬戸内が一望できるようになっています。

この美術館は、通常の美術館のように常設展示や企画展示をするものではありません。たった1人のアーティストの作品を、1人の建築家と一緒にかたちにしたものです。アーティスト・内藤礼氏と建築家・西沢立衛氏です。

豊島美術館は、多くのアーティストや批評家、そしてアートファンを魅了し、ここに来なければ体験できないアート作品、自分自身の生を考える作品など、様々な形容で語られます。

ゴミの島からアートの島へ

美しい棚田も再生された

豊島は、2017年3月まで大きな課題を抱えた島でもありました。それが日本において最悪といわれる産業廃棄物の不法投棄問題です。

1980年代前半から業者による不法投棄が続き、健康被害などが出る中で住民が立ち上がり、業者や行政を相手に訴え続けていました。

住民一丸となっての行動は、世論の後押しもあり、2000年に香川県が主体となって産廃を処理することが決まり、そこから完全撤去が完了するのは、2017年3月までの期間を有しました。

この期間からも想像できるように、91万トンにも及ぶ産廃を処理するのは容易な道のりではなかったことが分かります。

そして豊島美術館が開館した当初、瀬戸内でアート事業をリードする公益財団法人の福武財団の福武總一郎理事長は、美術館の開館を「産廃問題で痛めつけられた豊島を再生することが一番の目的」だということを語っています。

住民との協働による地域再生

美しい瀬戸内の海も、人の手で守らなければ持続しない

豊島美術館は、その建設にあたってのキーワードがあります。それが景観の再生。もともと豊島は、水が豊かで一次産業が豊かな島でした。

しかし産廃問題や高齢化などにより、休耕田が増加し、美しい景観を誇っていた棚田も放置されるようになっていました。

そこで、美術館建設にあたっては、島の住民も協力し、休耕田を整備し、美術館と調和する景観を生み出し、周囲の棚田も手入れが行われました。

つまり豊島での取り組みは、アートを通じた地域の再生の取り組みだといえます。住民の方に話を聞いてみると、「豊島と名前だけあって、豊かな島なんですね」と言われることがうれしいと言います。

観光客の多くは、産廃問題を知らずに訪れることもあり、30年以上も島を苦しめた問題は、ひとつの区切りを迎えています。しかしゴミがなくなったから完了ではなく、ここからは、環境の再生という大きな取り組みが待っています。

愛する島をどう守るのか。豊島を守った住民と、アートによる地域再生は、地域を守り、伝えていくために、自分たち自身による行動が大切だということを示しています。

教訓を過去のものにせず、豊かな島の物語を伝え続けていく必要があるでしょう。

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