地方に移住してわかった、3つの良かったこと・困ったこと

オカダタクヤ


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MACHI LOGライターの岡田です。2017年5月に、東京から宮崎県の人口16000人の街、新富町に移住しました。

移住後、約8ヶ月が経過して、「移住する」ということを、客観的に振り返ってみたいと思います。

最初に私の場合の移住について、簡単にまとめておきます。なぜ移住したのかといえば、タイミングが重なり、新しい環境に身を置きたかったから。

宮崎県内の仕事を受けていたこともあり、定期的に宮崎県を訪れていました。その中で、移住という選択肢は常に頭の中にある状態でした。

細かい部分は、後で、なんとかなるだろう

そんな中で、これから注目を集めそうなおもしろい地域があると紹介されたのが新富町。まずは直感に従ったところが大きく、行ってみようと1泊2日で新富町を訪れました。

町を散策して、住民の方とお話ししたりして、2日目には物件を見に行き、契約を済ませました。

細かい部分は、生活しながらなんとかなるだろう、とそんな楽観的な移住のスタートです。そこから約8ヶ月が経ちました。

では、なぜ、そんな楽観的なスタートができたのか?

いま、東京在住の4割の方が、移住を検討しているというデータもあり、引き続き注目・関心を集めている移住。当事者として、いま現時点で考えている、良かったこと、困ったことをまとめました。

移住してわかった、3つの良かったこと

まず、良かったことをまとめてみます。結論的なことを言ってしまうと、移住して良かったことはとても多いです。その中でも、特に良かった点をピックアップしました。

1. 美味しい野菜が毎日食べれて、温泉も徒歩圏内


新富町は、宮崎県内でも有数の野菜・フルーツの産地であり、畜産も盛んな地域です。つまり、食べものがめちゃくちゃおいしい地域です。

そんな各種新富町のたべものが並ぶのが直売所。東京では考えられないくらいおいしい食材が、やすく購入できます。

そして温泉。実は新富町には源泉かけ流しの天然温泉「サン・ルピナス」があります。

あまり知られていないようなのですが、泉質もよく、露天風呂もある、本格的な温泉です。町民は安くなるサービスもあるため、定期的に通ってリフレッシュしています。

そして何より、こういう直売所や温泉、そして駅、仕事場などがすべて徒歩圏内にあることはとても過ごしやすいポイントです。

徒歩で気軽に行き来ができるので、自分自身の生活の各シーンがスムーズに結びついているように思います。

2. 地域に知り合いができたこと


なぜ移住を即断できたのかといえば、実は、このこゆ財団の執行理事の岡本啓二さんの存在が大きいです。

岡本さんは、元役場職員で、地域の兄貴的存在。こんな面白い人と仕事してみたい、地元のことを知り尽くしている、この方を頼らせていただこうと思えたことが大きかったように思います

その他にも、地域おこし協力隊(※当時。現在は新富町でお店を運営)の方とも仲良くさせていただき、移住者ということがあり、いわば、楽しく充実して暮らしている先輩がいるという状態だったわけです。

これで心のハードルはグッと下がることになりました。

3. 面白いコミュニティ=あたらしい居場所ができたこと

こゆ財団のメンバー

新富町は、こゆ財団という地域産品をブランディングし、販売する地域商社がまちづくりをリードしています。

こゆ財団は、新富町の人をつなぐハブになり、地域から新しいチャンレンジを生む土壌づくりをし、起業家育成を通じて町を良くしようという活動で、全国的にも注目を集めています。

移住した当初から知り合い、「最初の知り合い」ができたことで、スムーズに町に馴染んでいくことができました。

こゆ財団のオフィスがあるのですが、ふらっと訪れたり、間借りして仕事をしたりと、気軽に訪れて話せるという環境があり、そこからまた知り合いができるという流れができて、どんどんとつながりが広がっていきました。

移住してわかった、3つの困ったこと

続いて、困ったことをまとめてみます。実は今回、この「困ったこと」を考えるのに、めちゃくちゃ苦労しました。あまり思い浮かばないというのが本音です。

ただこれは私の仕事や環境もあるだろうと思うので、これらについても後述します。

1. 移行期間は、金銭面と精神面が、最初めちゃくちゃ大変

まず、移行期間となった二拠点生活の、最初は、めちゃくちゃ大変です。私の場合、移住当初は、東京での仕事も多かったことから、東京と新富町の二拠点生活からスタートしました。

何が大変かといえば、金銭面と精神面。

まずお金。いろいろな二拠点のスタイルがあると思いますが、私の場合は東京も新富町も、どちらも賃貸。つまり固定費が毎月かかってくる状態です。

2つを合わせても、都内で2LDKの部屋を借りるよりは安いわけですが、居ない期間があるという部屋にお金がかかっているという状態は、モヤモヤするものがあります。

精神面でも、私の場合、どちらもそれなりに生活できる部屋にしたため、自分のホームがどっちなんだろうという状態に陥りしました。なんだか、どちらにいてもリラックスできない。

これはやってみてはじめて気付いたことです。衣類をはじめ、持ち物が分かれてしまっていることで、東京でも新富町でも、フワフワとした状態を送ってしまいました。いまは、新富町をホームに設定し、新富町に「帰る」感覚に設定して、だいぶ落ち着きました。

2. 夜にやっている店が少ない

新富町は、人口約16000人の町で、宮崎市に隣接しています。市内から車で30分程度の距離にあります。
実際に移住して感じたのは、夜にやっている店が少ないこと。ふと気付いて、21時以降になってしまうと、もうほとんどお店がありません。

でも、それって、いざ移住してみるとどうでもいいことだということにも気づきました。今では、おいしい野菜で家で、鍋を食べてます!

3. 終電が早い

私は仕事柄、宮崎市内にもよく行きます。そこで困るのが、電車の本数と、終電の早さ。ローカル路線の稼働率の減少が取り沙汰されるなかで、走っているだけも良いのかもしれないですが、1時間に1本で、終電を逃すと足がなくなるというのはスリルがあります。

また、これも、仕事はしっかり切り上げる。遅くまで夜遊びしないなど、金銭的にもかなり効果的です。

一番の課題の「仕事」の解決法は?

移住を検討する方の4割以上が不安視しているのが「仕事」のことだというデータがあります。実際に、東京から地方への転職では給料も下がりますし、求人自体が少ないということもあるかもしれません。

私の場合は幸運にも、移住前からフリーランスとして働いていたことから、移住後も引き続き東京での仕事を受けることができ、かつウェブの領域ということもあり、どこでも仕事ができるということが大きかったです。

いまでは、副業可能な企業も増えてきたので、徐々に地方にシフトもできそうですね。

また、移住先にこゆ財団というコミュニティがあったため、そこの紹介などで、宮崎市内での仕事も増えてきてます。

この点はとても幸運でした。金銭面の負担が減ったからこそ移住を即断できたし、なんとかできるだろうという見通しがたっていました。

移住して、なんと起業してしまった。。

移住する前からの仕事も引き続き受けられていて、これまでの仕事の経歴などもあり、一緒にやろうという声をいただけることも増え、私は、新しいチャレンジを新富町ではじめました。

それは、起業です。

自分自身が続けてきた、「情報で、持続可能な地域をつくる」ということに貢献するため、このMACHI LOGを運営する会社を起業。自分自身も移住し、地域に入り、改めて「地方のリアル」を伝えることこそ、いま大事なのではないかと考えています。

移住しやすい街に入れたのがよかったかも

これは自分ひとりだと、成し遂げられなかったことだろうと思っています。こゆ財団というまちづくりリードする存在がいたこと、新富町役場の方に親身になって相談に乗っていただけたことなど、この町に移住したからできたことのひとつです。

チャレンジし易い環境をつくろうと、各地で地方での起業家支援などが盛んですが、制度はあればもちろん良いと思いますが、それよりも、支えてくれたり、応援したりしてくれる方々の存在こそ、「よし、やってみよう」につながると実感しています。

実際に、この新富町のみなさんの寛容に接してくださり、チャレンジを応援するよ、という風土がなければ、この決断はできなかったと思います。

一人の知り合いからでも移住の可能性は広がる


約8ヶ月たった途中経過の報告をしてみました。

改めて、移住を決める大きな要素は、岡本啓二さんという1人の知り合いの存在だったと思います。そこからここまで(起業まで!)、縁と機会が広がってきました。

これは特別なことではなく、どこの地域にも受け入れて、応援してくれる人はいるように思います。もしいま、気になる地域があり、移住を検討されているなら、まずはどんな方法でも良いので、ひとりの知り合いをつくるところからはじめてはいかがでしょうか。

今度は、僕が移住者を応援します

誰もいないというなら、まずは訪れてみる。そして誰かに話しかけてみる。それがスタートでも良いかもしれません。

もし、宮崎県新富町に興味があれば、いつでも訪ねてみてください。一緒に街歩きをしましょう。

少しでも気になる地域があるなら、訪れてみる。移住というのは、そんな一歩から始まるのだと思います。

そして自分自身は、こうした経験も全部、このMACHI LOGという地方のリアルを伝えるメディアから発信していきたいと思っています。

地方のリアルを伝えることで、地域の魅力をより鮮明に、そして課題はより深掘りして伝えていきたいと考えています。

写真協力:こゆ財団
all photo by WAKI HAMATSU