宮原桃子


miyahara

アートというと、美術館やギャラリーなどを思い浮かべる人が多いでしょう。

日本各地でよく耳にする芸術祭も、最近のアートシーンの流行と言えます。ただ日本では、アートはまだまだ敷居の高いもの、あくまで非日常や観光などの一過性のものでしかないようにも感じます。

私たちの日々の暮らしや街に根づいたアートとして、どのような形や可能性があるのでしょう?

広島を中心に、ライブペインティングを手掛け、祭りやイベントのプロデュースをするアーティスト・石原悠一さんに、お話を伺いました。

「わかる」と「わからない」の隙間をつくる

©Nishioka Koji

石原さんは、大学で理学部を卒業し、高校や特別支援学校の教師を経て、アーティストに転身した異色の経歴の持ち主。

絵画や壁画などを手掛けていた石原さんが、ライブペインティングを始めたきっかけは、あるイベント主催者からの依頼。「お客さんにダイレクトに伝わるような、“動的”なアート表現ができないだろうか?」というものでした。

石原さんのライブペインティングでは、自分で制作した音楽を流しながら、大きなキャンバスに絵を描いていきます。制作過程をただ見せるということではなく、石原さんの持つテーマやストーリーを、一定の時間のなかで表現し伝えるパフォーマンスです。

ライブペインティングでは、必ずアーティスト本人と観客が居合わせるので、そこにダイレクトなコミュニケーションが生まれます。

©Hiroshi Nakaya

――
ライブペインティングで、どんなことを大切にされていますか?
石原
ライブペインティングでは、「わかる」と「わからない」の隙間をつくることを大切にしています。

例えばキャッチボールで、まっすぐに剛速球を投げられたら、相手は戸惑いますよね。逆にあさっての方向に投げられたら、受け止められない。でも、目の前にコロコロと転がってきたら、手に取ってみる。

わかるような、わからないような表現がそこにあると、人は何かを感じたり考えたりするんです。

アートとは、多様な価値観を受け止めて共有する練習

©Hiroshi Nakaya

石原さんは、毎年5月に広島市の繁華街で「Blue lab. Hiroshima」というアートイベントをプロデュースしています。

様々なアーティストが街中でアート表現をするイベントで、アートに興味がある人もない人も、街にふらっと来た人びとがアートに出くわすきっかけになっています。

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日常の暮らしの中でアートに触れることは、私たちの暮らしや生き方にどんなインパクトを与えると思いますか?
石原
アートって、見る人に新しい価値観とか視点を与えるものでもありますよね。アートに触れることは、人々にとって「多様な価値観を受け止めて、共有する練習」になると思っています。

今はSNSの発達で、自己表現をする人が増えている一方で、他人の表現や考えを受け止めることは苦手な人が多いように感じます。

アートは、その内容も表現手法も、アーティストのスタンスも多様です。様々なアートに触れて、多様な価値観に触れることで、まずはそれを受け止めて、自分はどう感じるかを整理したり、誰かとその想いを共有したりする、良いきっかけになると思います。価値観の変化が生まれることもありますよね。

青森のねぶた祭のパワーに衝撃。祭りはアートだ!

御霊祭 Mitama matsuri 09御霊祭 Mitama matsuri 09 by midorisyu

人びとの暮らしや生き方、価値観に影響を与えるアート。さらに一歩進んで、街づくりにはどう関わってくるのでしょうか?

街に根づいたアートというと、なんとなく海外の都市にもあるようなウォールアートやインスタレーションなどを思い浮かべますが、石原さんが挙げた一つの例は、意外なものでした。

――
街に根づいたアートとして、どんなものがあると思いますか?
石原
青森のねぶた祭を訪れた時、大きな衝撃を受けました。

ものすごい異世界が創り上げられていて、それを1年かけて地域全体で準備している。ビジネスという尺度で行われているのではなく、その地域に深く根づいた文化であり、芸術性の高いアートだと感じました。

私たちにとって身近な行事であり、伝統という印象が強い祭りですが、確かに独特の芸術性があり、地域の文化や歴史に基づいた多様性があります。

祭りは、日常と街に根づいたアートと言えるのです。

広島の新しい伝統「大イノコ祭り」をプロデュース

提供:大イノコ祭りを支える市民の会

そんな石原さんが、5年前からプロデュースに関わるのが、広島市中区袋町の「大イノコ祭り」。

起源は平安時代と言われ、昔から続いてきた「亥の子祭り」でしたが、この地区では20年ほど前から途絶えてしまっていました。これを「新しい伝統」として復活させ、コミュニティを再生するきっかけにしたいと考え、そのプロデュースに関わったのです。

亥の子祭りでは、子どもたちが「亥の子石」と呼ばれる石に綱をつけて、唄いながら地面をついて家々を回るのが慣習。

現代によみがえった「大イノコ祭り」では、この亥の子石に見立てた大きな石を、88本の竹で空中に吊り上げるインスタレーションで表現しました(設計:石丸勝三氏)。伝統を受け継ぎながら、現代のアートとして人びとを魅了しています。

祭りとアート、一過性のブームで終わらないものにするには?

提供:大イノコ祭りを支える市民の会

日本各地にどこにでもある祭り。それを一つのアートととらえて、新しい手法も取り入れながら、地域を面白くする石原さん。

祭りをプロデュースするにあたり、意識しているポイントが2つあります。

――
祭りをプロデュースする際、意識していることはありますか?
石原
一つ目は、地域に昔から続く系譜をたどって、未来にバトンを渡すものだということ。過去と未来をつなぐポイントがそこにあるか。

二つ目は、シンボリックでキャッチーな何かを創り出せるか。大イノコ祭りでは、それはスケール感やインパクトのある竹と大石のインスタレーションです。

様々な人びとの目を引く仕掛けとしてのアートです。ただ、大切なのは、その裏に一歩踏み込んでも耐えられる深い哲学や歴史があること。それなしには、一過性のもので終わってしまうと思います。

提供:大イノコ祭りを支える市民の会

石原さんは、最近目立っている芸術祭ブームに、疑問を感じることもあるそうです。

地域や風土に根差した面白いアートがあるから芸術祭をやるのではなく、芸術祭をしたいがために、安易にアート作品を寄せ集めて行われてはいないか。

その場所だからこそやる意味や、もう一歩深いコンセプトがなければ、乱立する芸術祭ブームのなかで、人びとに飽きられてしまう危険性があると言います。

アートが、人と人をつなぎ、コミュニティを育む

提供:大イノコ祭りを支える市民の会
(子どもたちとインスタレーションを準備するメンバー)

大イノコ祭りから生まれた効果は、観客や参加者を引き寄せて、街が盛り上がることだけではありません。祭りを準備するにあたっては、様々な仕事があります。

石原さんが常に大切にしていることは、「関わるすべての人が、それぞれに輝く場」にすることでした。露店を取りまとめる人、かがり火を担当する人、インスタレーションの竹を用意する人・・・それぞれが自分の能力や特性を生かして輝けるように分担されています。

地域の住民やアーティスト、商店街関係者のほか、多くのNPOや団体、大学など、様々な組織や個人が集いました。

提供:大イノコ祭りを支える市民の会

――
様々な人たちが集うことで、どのようなことが起こりますか?
石原
細かく仕事をシェアすることで、多くの人が関わり、輝くことができます。

もちろん、お互いに折り合いをつけなければいけない場面もありますが、お互いへの感謝の連鎖も生まれます。そのなかで地域に緩やかな交流が生まれ、コミュニティが築かれていくのです。

また、それぞれが細かく分業しながらも協力することで、誰かが何らかの事情で欠けたとしても動くことができ、リスク分散にもなりますね。

ライブペインティングも祭りやイベントのプロデュースも、表現としてのアートであるとともに、人と人をつなぎ、コミュニティをつくるものでした。

アートをきっかけに、人びとが集い、地域にある資源や文化、仕事など様々なものをシェアして、地域がより良くなっていくのです。

「アートで、社会や地域にインパクトを与えたい」という石原さんの試みは、これからも広がっていきそうです。

(ライター:宮原桃子)

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宮原桃子

貿易機関やフェアトレード会社を経て、フェアトレード(公正な貿易)を学ぶワークショップを企画する団体「フェアトレードガーデン世田谷」を運営。絵本「ムクリのにじいろTシャツ」筆者。「社会や地域のことを“自分ごと”にする」をテーマに、ライターとしても活動中。現在、広島在住。