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織田信長により葬られた幻の銘酒「百済寺樽」。444年の時を経て復活へ

多くの歴史が消えた百済寺での5度の火災

織田信長のによる焼き討ちで全焼した1573年から遡ること75年、ここでも百済寺は火事により全焼。次いで巻き込まれた戦火によって創建以来の建物などや仏像、記録が失われています。

1247年に起こった火災から1573年織田信長の焼き討ちに至るまで、百済寺は5度の火事に被災。

最後の全焼では、百済寺の経済の基盤でもあり、室町幕府や朝廷にも献上されていた清酒「百済寺樽」の技術までもが焼き尽くされ、百済寺樽の歴史は途絶えてしまいました。

参照元:百済寺

444年の時を経て復活へ。

今では幻となってしまった銘酒「百済寺樽」を復活させようと、滋賀県近江市で復活プロジェクトが進んでいます。

大寺院で醸造され、質の高い酒として評価があり多くの人に愛された「僧坊酒」。そのひとつである百済寺樽は、鈴鹿山系から湧き出る清水、香り高い近江米から醸造された一品。

百済寺を始め、地元自治会や生産者、酒造がタッグを組み、「百済寺樽」を復活させようとクラウドファンディングにて支援の呼びかけが行われており、返礼品には百済寺樽の他、百済寺樽オーナー権利などが準備されています。

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