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“日本に帰りたい!” でロシアを横断。ロシアに初めて渡った日本人・大黒屋光太夫の行動力がすごい

ロシアを横断した理由は? そこで待っていた “日本人初”

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光太夫がサンクトペテルブルクを目指した原動力は「日本に帰ること」。

当時の女帝・エカテリーナ2世に直接帰国の許可を願い出るためでした。謁見がかなった光太夫はついに帰国の許可を与えられ日本への帰国の途につくことになります。

この時江戸をたってから約10年の月日が流れていました。

エカテリーナ2世に謁見した大黒屋光太夫はロシアの皇太子や貴族、政府高官から厚いもてなしを受け当時のロシア文化やロシア社会を体験しています。

日本への帰国の途につく直前にはエカテリーナ2世のお茶会に招かれ、日本人として初めて本格的な紅茶を飲んだとされ、光太夫がお茶会に招かれた11月1日は日本紅茶協会によって「紅茶の日」として定められています。

やっと日本へ…そこで待っていた幽閉生活

帰国が決まった光太夫は、日本との貿易を求める使節団と一緒に北海道の根室に到着しました。この時光太夫と一緒に帰国の途についたのはわずか2名。中にはロシアに帰化した人もいたようです。

やっとの思いで日本へ帰ってきた光太夫ですが、前例のないこの出来事に幕府は混乱。光太夫の身柄が幕府に引き渡されたときには、根室到着から1年弱の月日がたっていました。

幕府へ身柄を引き渡された光太夫は将軍や老中・松平定信とも謁見していますが、鎖国下にあった幕府側は外国へ渡った光太夫を危険人物のように扱い江戸へ留めたと言われています。

帰国してから後、実質的な幽閉生活を過ごした光太夫ですが78歳までの長い人生を生き、日露国交の発端をつくった彼の知識や体験は当時、書物としても残されています。
参照元:三重県ホームページ ロシアを見てきた最初の日本人・大黒屋光太夫 ,日東紅茶 紅茶のマメ知識

鈴鹿市文化財ガイド 大黒屋光太夫記念館

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