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お家断絶の第1号。”裏切り者”と呼ばれる小早川秀秋のミステリアスな人生とは?

大事な家臣を失った秀秋

朝鮮出兵へも出陣、日本軍の総大将をも勤めた秀秋を帰国後に待っていたのは幕府による配置換えでした。

越前15万石(現・福井県)への国替えが命じられます。これは幕府から処罰されたようなもので、大幅に減った禄によって長らく秀秋を補佐してきた家臣も手放すことになりました。(処罰の理由は朝鮮出兵時の秀秋の行動が元とも言われていますが本当のところは不明なようです)しかし同年、秀吉が亡くなると元の筑前へと戻ることになりました。

そして迎えた関ヶ原の戦いでの「裏切り」

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秀秋は西軍に属していましたが、結果的に西軍を裏切り東軍へと寝返り、関ヶ原の戦いは東軍の勝利で幕を下ろします。

この時、秀秋18歳。秀秋が裏切った理由は明確に分かっていませんが、色々な憶測がなされています。

豊臣家・石田三成への恨み

秀頼の誕生により手のひらを返されたような冷徹な扱いを受けたと感じていた、養子縁組の話を秀吉に打診した石田三成を恨んでいた、などがあるそう。

叔母・寧々の企み

秀頼は側室・茶々の子で、正室・寧々の子ではありません。それを寧々は面白く思わなかったとも言われています。また、寧々の兄は関ヶ原の戦いでも中立の立場をとっており、寧々自身も家康よりだったとも言われ、秀秋にも寧々の助言があったとか。

西軍には嫌々属していた

本当は東軍側につきたかったが、西軍につかなければならない状況だった、とも言われています。

その場で…

テンパってしまって西軍と東軍を間違えた…罰が悪いので裏切ったことにした。

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