小さくなった幕末の最後の小判!その理由は?

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(画像出典: Wikipedia小判)

現代でもオークションなどで見かける小判。実際に昔の人が使っていたことを考えると妄想がとまりません。もしかしたら偉人が手にしていたかも…(中学生並みの思考ですみません。)今回はそんな小判に関する内容です。

時代によってさま変わり 小判いろいろ

左から慶長、元禄、宝永、正徳、享保、元文、文政、天保、安政、万延となります。ちなみに、時代劇でおなじみ水戸黄門で「おぬしも悪よのう」というセリフでお決まりの悪代官様によく献上されているのは時代設定から慶長小判と思われます。

並べて見比べてみるとサイズが大きくなったり小さくなったりしていますが、最後の万延小判の小ささは異常ですね。実はこれにはふか〜い理由がありました。

 

事の起こりは日米通商条約

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(画像出典: Wikipedia天保小判、一分銀)

この写真は左が天保小判、右が天保一分銀です。小判1枚(1両)は一分銀4枚、という価値になります。一体どんなやり取りがなされたのでしょうか。ドラマ仕立てでお送りします。

 

幕府:金貨を基準として貨幣交換を考えたいのですよろしいですか?
ハリス:海外では金貨よりも銀貨の方が一般的です。銀貨を基にしましょう。

幕府:…では、そちらの金と銀の価値の決め方が金1に対して銀16ですから、小判1枚=ドル銀貨4枚、一分銀1枚=ドル銀貨1枚でどうでしょうか?

ハリス:銀の含有量で決めるべきですね。一分銀1枚に含まれているのは8.55gですよね?これはドル銀貨1枚の1/3の量になるので、一分銀3枚=ドル銀貨1枚が妥当でしょう。

幕府:確かに銀の含有量で話をするとそうなりますが、日本国内では一分銀は4枚で一両という価値があるんですよ。

(私たちが使っている紙幣も政府の信用がなければただの紙切れ、というのと同じで、1/4両である一分銀に、それに相当する銀は含まれていませんでした。このこともあり、幕府は金基準で話を進めたかったんですね。)

ハリス:国際社会でそれは認められません。一分銀3枚=ドル銀貨1枚でお願いします。

(幕府押し切られる…)

 

ハリスに押し切られ、一分銀3枚=ドル銀貨1枚を決した幕府。それだけだったらまだ良かったのです。しかしより重要なことが…

条約の交渉過程で、幕府はなんとかこの日本通貨と外国通貨の交換を阻止しようとしていました。その中で苦肉の策として「外国通貨を国内で流通させてはどうか?」と提案します。しかしこれにハリスは「外国通貨はすぐに定着するものではない、日本人が外国通貨に慣れるまで、1年間を限定として日本通貨との交換を認めてほしい」と要求します。そして幕府はこれに合意しました。

 

ハリスもこれで大儲け、日本から金がでていった!

1年間限定とは言え、国内での外貨両替ができるようになった日本。お気づきかもしれませんが…

  1. 1ドル銀貨4枚を、一分銀12枚に両替してもらう
  2. 一分銀12枚は3両と同じ。小判3枚と両替してもらう
  3. 小判1枚に対して1ドル銀貨3枚だから、1ドル銀貨が12枚になる

そうなんです!これ、両替するだけで3倍!丸儲けだったんです。これには外国人商人たちが飛びつきました。どんどん小判が消えていきます。ある両替商では一分銀へ両替する為、銀貨が1日に16000枚も持ち込まれたとか… そしてこの時流出した小判は最大60万枚とも言われているそうです。

ハリス自身もこの方法で財をなしたと日記に残しています。

 

 

銀の量を増やした新しい一分銀を発行して、もともと幕府が主張していた1ドル銀貨1枚=一分銀1枚とできれば良かったのですが、それだけの量の銀は日本にありませんでした。幕府はいろいろと頑張りますが、結局はハリスの「小判の重さを減らして、調整しましょう」という提案にのり、小さな万延小判が生まれることとなりました。

日本は大混乱。激しいインフレーションへと向かいます。今回は書いていて幕府が不憫でしょうがなかったです。涙

 

 

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