あまり知られていないかもしれないが、実は、ほしいもの全国生産8割を占めているのが茨城県ひたちなか市。ほしいもという一見地味だが根強いファンの多いこの伝統食の文化を継承すること、ひたちなか地域のほしいもの良さをより広く伝えるため、ひたちなか市では2010年から「ほしいも学校」プロジェクトを展開してきた。「おいしい牛乳」「キシリトールガム」などのデザインでも知られるクリエーター佐藤卓氏が全面協力し、ほしいもの持つ魅力を引き出すことでほしいもの良さを伝えるこのプロジェクト。
開始から4年近くが経ち、東日本大震災を経て、2013年末、ほしいも学校は一般社団法人として新たなスタートを切ったという。今ほしいも学校がほしいもを通してどんな未来を描いているのか、ひたちなか商工会議所の小泉力夫氏にお話をうかがった。
ほしいもの学校?
ほしいも学校とはなんぞや?と思われる方も多いだろう。ほしいもをいろんな角度から解剖し、ほしいもの良さを伝えるとともに人の営みと環境を考えるプロジェクトとして、本の出版、ワークショップの開催、ほしいもの新しい商品開発などをする「場」がほしいも学校である。なんだかふつうの学校と違うな、と思われたかもしれないが、ほしいも学校には学校らしくちゃんと校歌も存在する。
これまで「ほしいもを通して宇宙を見る」ことをビジョンに、地元ひたちなか以外でもほしいも学校本の販売、ほしいも学校ブランドのほしいもの販売などをおこない、少しずつその認知度を上げてきている。ほしいもの消費者やファンを増やすだけでなく、ほしいもに関わる生産者などすべての人々のコミュニケーションの場になるよう、小泉さんたちは地域の人たちにも積極的に参加してもらえるよう呼びかけている。
東日本大震災の影響
2010年のほしいも学校発足後すぐ、2011年3月、東日本大震災が起きる。茨城県北部に位置するひたちなか市は福島原発からも遠くはない。
ほしいもは冬のお歳暮で贈られることも多かったが、「受け取る方が放射能の心配をしては申し訳ないから」とお歳暮需要が激減したことが大きく影響した。どんなに「ほしいもは安全だ」と言いたくても、人々の不安を簡単に拭い去ることはできない。安全性検査を続けながら、ほしいもを安心して食べてもらえる日が戻ってくることを待った。
ほしいも学校の活動も一時どうなるか、と危ぶまれたが、佐藤卓さんの「やめないで続けよう」という言葉にも支えられたという。東日本大震災で被害を受けたのはほしいも生産だけでなかった。地域の人々の地域への愛情や誇りも一時落ち込んだ。「だからこそほしいも学校を続けることが大事だ。ほしいもを通して宇宙を見ることが大事だと思った」と小泉さんは振り返る。
震災からしばらくたった頃、世界ではじめてのほしいもまつりの開催企画、一般社団法人化によるほしいも業界全体の活性化など次々と前へと進む活動が動き出す。ほしいも学校がグッドデザイン賞を受賞したのも2011年だった。
一般社団法人「ほしいも学校」発足
2013年10月、ほしいもを広めていく事業の拡大のため、一般社団法人としてほしいも学校は生まれ変わる。一般社団法人化することで、ほしいもの生産者組合会員たちから出資を集めることができ、それを事業資金とする。これからは一部の有志だけでなく、業界全体でひたちなか発のほしいもを盛り上げていこうという意気込みだ。
小泉さんは「ほしいもは日本国内だけでなく、韓国や中国などで生産されたものも国内市場に出回り始めている。ひたちなかのほしいもの圧倒的な違い、優位性を発信していきたいし、たとえほしいもが今の倍の値段であっても需要があるくらいとがったほしいもを作っていきたい」と語る。ほしいも学校をブランドとした品質基準づくりや品質管理、新しい商品開発、マーケティング、海外市場の開拓などほしいも学校が本領を発揮するのはまだまだこれからなのである。
ほしいもは海を超えるのだ
小泉さんの野望は続く。「ほしいもという素晴らしい食文化を海外に伝えたいんです」
小泉さんが海外に伝えたいほしいもの価値は食べ物そのものだけではない。さつまいもからほしいもを作るまでの過程にもほしいもの価値はあり、作り手である生産者の努力を伝えたいのだ、と小泉さんは言う。たとえるなら、ワインやチーズ職人たちのように。今後はこれまで出版したほしいも学校の本の英訳をはじめ、イタリア・トリノで開催されるスローフードの祭典への出展にも挑戦する予定だ。ほしいもをどのように外国の人たちに伝えていくか、ほしいもを世界中で楽しんでもらうためには何ができるか、知恵を絞っている。
生産者と消費者をつなぐ場
2013年に開始したほしいもまつりは今年も開催する予定だ(2014年1月18日~19日開催予定)。生産者と消費者、生産者同士、また国内の他地域とのつながりを作るため、ほしいもの企画展の全国での開催、ほしいもカフェの開催、生産者に焦点をあてた本の制作、ほしいもオーナー制度の設立など構想はふくらむ。震災が教えてくれた、食の安全性の大切さを守っていくためにも、普段食べているほしいもをつくる生産者の顔を知っていること、
自分の作ったほしいもを食べてくれる消費者の顔を知っていることが大事なのだ。

ほしいも学校が発足して4年あまり。ほしいもを通して、たくさんの人がつながっていっている。誰がほしいもがパイに入り、そのほしいもパイがおみやげヒット商品になることを予想しただろう。ほしいもが、私達に見せてくれているのは未知との遭遇という宇宙だ。